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椿花山成就院(ちんかざんじょうじゅいん)武蔵寺(ぶぞうじ)★★★天台宗

歴史

山門脇の案内板の内容を一部引用する。

福岡県指定史跡武蔵寺(ぶぞうじ)昭和35年8月16日

武蔵寺は、創建が奈良時代に遡ると考えられている古代寺院です。 境内から出土した瓦や寛治8年10942月2日に武蔵寺の僧頼暹(らいせん)が埋蔵したことを記した経筒が発見されていることや、 「今昔物語集」「梁塵秘抄」などにその名は登場することなど、平安時代後期には隆盛を誇っていたと考えられます。

武蔵寺に伝わる縁起によれば藤原鎌足(ふじわらかまたり)の子孫で壬申の乱に功績があった藤原虎麿(ふじわらとらまろ)[1] (初代大宰師蘇我日向臣身刺(だざいのそちそがのひむかのおおみさし)のことだといわれています。)の建立、伝教大師の開山といわれてます。

今も、天台宗の古刹「椿花山成就院武蔵寺」として、法灯を守り続けています。

武蔵寺にある文化財
紙本著色武蔵寺縁起(県有形文化財)、古石塔(市有形文化財)、自然石梵字板碑(市有形文化財)、武蔵寺経塚群出土品( 市有形文化財)、木造十ニ神将像(市有形文化財)、長者の藤(市天然記念物)

伊藤氏メモ当寺の由緒書きによると、九州最古寺とのこと。さすがに歴史の古いお寺だけあって、現住職は第91世。()

参考:筑前國続風土記

ひとくちメモ

武蔵寺は天拝山の登山口脇に伽藍を構えている。その坂の下は二日市温泉である。 境内は広大な敷地で、 「長者の藤[2]と言われる藤棚、天・神・菩薩・如来などのかなりの数の祠などがある。

筑前では数少ない名刹の一つである。

境内に掲示されていた芭蕉47才の時の句。「うぐいすの 笠落としたる 椿かな

伊藤氏メモ御札所隣接の客殿(紫雲館)の扁額もかなり古めかしい。古刹だけあり観光参拝客も多く見られました。()

『筑前國続風土記』巻之9 御笠郡下 ○武蔵寺椿花山成就院の項

武蔵村に在。本尊は薬師佛也。 傳教大師、御笠群山口村木屋町山より12枝ある山茶を切取て、 此佛像を刻めりと云。 脇立に12佛あり。 叉大黒天の像あり。 是も傳教の作と云。

此武蔵寺は虎丸長者と云者造営し、むかしは大寺にて堂塔も多く、 子院七坊ありしと云。 正法寺、善正寺、宗正寺、蓮花寺、地蔵坊、石水坊、池上坊是也。

池上坊は日蓮宗の僧武蔵國[3]池上より来り住る所也と云。 今に其址あり。傳説に虎丸長者此寺を造立せしとき、 いまだ成就せずして死す。 時に武蔵國池上より日蓮宗の僧来りて、作り終わりぬる故に、 武蔵寺と號し、村の名をも武蔵といへりと云。 然れども武蔵寺猶久しき寺と聞こゆれば、彼僧もし此寺の 廃壊(はいえ)を再興せしにや、 大門のありし塔原村にあり。 今も大門と云、むかし此寺にて追難(ついな)せし事は、 前に記せり。

叉今に至る迄毎年10月15日に、地蔵會供養を行ふ事あり。 是は虎丸長者武蔵村、井手古賀村、塔原村、荻原村、山口村、 此五ヶ村に七十五所づつ集りて、三年に勤む。 是虎丸長者が時よりの定式也と云。 虎丸長者が本宅は、古賀村の内すたれと云所にありしとかや。 今も其宅の跡あり。 武蔵寺の側に虎丸の墓所在。石塔あり。

此寺に忠之公の時寺産5石寄進せらる。

宇治拾遺下巻の二、出家功徳の條に、筑紫の武蔵寺のことしるせり。 むさしてらとも書り。この寺の事なるべし。 其事奇譚なればここにしるさず。

或説、斉明天皇上座の群 朝倉の行宮にとどまりたまひし時、 御湯浴の為にむさし村に行幸ありしと云。

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脚注

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