お寺めぐりの友

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()五ケ山釈迦堂(ごかやましゃかどう)☆☆☆仏教礼拝所

歴史

御堂脇の案内板の内容を下に記す(ふりがなは作者が挿入。漢数字は一部英数字に変更)。

田中嘉平翁の頌徳墓

翁は弘化3年1846五箇山村[1]に生まれ昭和2年1927行年81才で当地で没されている。 性格は情にあつく誠実であった。 明治5年1872、五ヵ山の保長を命ぜられ公職に就くこと37年、地域のために釣垂道路(つたるどうろ)[2]をつくり五ヵ山小学校[3]の創設から地元産業としての木炭生産奨励、風俗の改善などにつとめられた。

また翁は敬信崇祖の念が極めて厚く明治13年1880、那珂川流域の南畑村、安徳村の山辺の地に那珂川八十八ヵ所の霊所を設けられた。

この頌徳墓(しょうとくぼ)は五ヵ山、南畑村の有志がその功績を伝えるため、大正8年4月建立されたのである。

田中嘉平翁は那珂川八十八ヵ所の開祖である。

又この場所は釈迦如来をまつり41番札所となっている。

那珂川町商工会 建立

御堂周辺の地形は南畑ダムの建設によりかなり変わっているようだが、今昔マップで大正11年頃の地図を見ると御堂前の国道385号線にあたる道は当時もあったようである。

ひとくちメモ

御堂はダム湖を見下ろす場所にある。裏手はダム湖の岸。絶壁である。

田中嘉平翁の墓碑は御堂の脇にある。裏面には賛文が刻まれている。 墓碑に向かって左手にある自然石の石塔が頌徳墓ではなかろうか?

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脚注

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