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西谷山()明應寺(みょうおうじ)[明応寺]☆☆☆浄土真宗本願寺派

歴史

筑前國続風土記附録』巻之7 那珂郡 上 安徳村の項に下の記事がみられる。

明應寺

西谷山と號す。 萬行寺に属す。 開基を浄心坊と言う。 原田直種か家臣藤野太郎八といふ者なり。 5世の僧林翁に天和3年1683木佛寺號を許さる。

明應寺の南東に広がる台地は「安徳台」と呼ばれ、約9万年前阿蘇山の大噴火の火砕流と、その後の那珂川の下刻作用(げかくさよう)により作られたものである。(明應寺はこの台地の裾野にあたる。)

安徳台は『魏志倭人伝』に登場する「奴国(なこく)」の拠点集落であった。

寿永2年1183には、平家の有力武将で大宰少弍を任じられていた原田直種の居館があったと言われている。 同居館には九州に下向した安徳天皇を迎えたといわれる。現在は台地の中央(頂上)に安徳宮が鎮座している。 (寺の北西100m程の所にある安西橋(平成26年3月竣工)に設置された案内板より)

ひとくちメモ

本堂前には、作者がいつも観るものより一回り大きな親鸞聖人像がある。 庫裏の前には、しだれ桜の大株がある。樹勢盛んである。

にはじめてお参りしたが、本堂が改装中で、 境内は工事車両などがありご本尊様にはお参りできなかった。 このたび(2018-08-19)二度目の参拝。本堂は見事に改装されていた。

『筑前國続風土記拾遺』巻之下12 那珂郡 利 安徳村の項の記事

明應寺

真宗西万行寺に属す。

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