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() 院使寺跡(いんしじあと) [乙子神社] 不詳

歴史5 phrases

乙子神社の境内にある。 『背振山系の山岳霊場遺跡資料集』所収の『寺院遺構からみた背振山の平面構造』寺岡 良(九州歴史資料館)の東門寺・霊仙寺の歴史の項によれば、この寺は背振山岳信仰に関連する施設であったという。

『筑前国続風土記』巻之6 那珂郡下の「院使寺」の項に以下のような記事がみられる。

○ 院使寺

別所村の枝村なり。 今は(なま)りて居尻[1]といふ。 相傳へて云、元明天皇の御宇、和銅2年709より背振山に住せし名緇(めいし)[2]湛譽上人()[3]院宣ありて召る丶事あり。 是は太子の御なやみ加持のためとぞ聞えし。 かくて湛譽は(みことのり)に應じて 帝闕(ていけつ)[4]に至りける。 其時院使の至りし寺なればとて、院使寺と號すならん。宴曲抄に出たり。 今は寺はなく成たれど、其跡に観音堂残れり。其側に湛譽上人か木像あり。

『筑前國続風土記拾遺』には、「乙子社の北に君命(クンメイ)社とて有。 堪誉上人の像を安す。座像長老尺6寸(ばかり)、傍に観音の立像2躰あり。君命とは堪誉上人をいふ。」とある。

ひとくちメモ3 phrases

参道口には那珂川の傍流と思しき水路が流れている。清水である。そこに架けられた石橋を渡る。 参道を少し進むと石段、石段の上には鳥居がある。 鳥居をくぐれば、目の前に君命社がある。 内部には中央に湛譽上人像、その左右に観音像と思しき金色の像が3体、石像が1体安置されている。 壁面には絵馬・棟札などがみられる。

君命社を右に見てさらに進めば、乙子神社の社殿へ登る石段がある。 社殿は間口2間足らずか? 思ったよりも小規模のものである。

鳥居脇には安永9年1780銘庚申塔・手水盤などがみられる。

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