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観音山() 大徳寺(だいとくじ) [大徳密寺] ★★ 真言宗

歴史

門前の那珂川町教育委員会の案内板の内容をそのまま記す。

観音山大徳寺と弘法大師

密教(真言宗)のお寺で、明治35年1902に徳永義善法印が夢で観音山の霊気を感じ、草を刈って庵を結んだのが始まりです。

お堂や境内には多くの仏像をはじめ、弘法大師所縁とされる場所や品々がのこされています。 その他、稚児落としやほてい岩、屏風岩、烏帽子岩などの奇岩が多くあり、 独特の景観を醸し出しています。 桜の名所としても有名です。

弘法大師お手植松跡

弘法大師は観音山が後世に密教の道場になることを予言し、 一本の松を植えたと伝えられています。 戦後、残念ながら松は枯れてしまいましたが、 切り株のそばに子安観音が祀られています。 松で作った卓子(たくし)や扁額、根の一部は今でも残っており、大徳寺で大切に保管されています。

ひとくちメモ

門前の県道580号線は日中はひっきりなりに車が往来する。 一歩参道を入るとその喧騒とはうって変わって静寂な境内である。

頑丈なつくりの山門をくぐるとそのすぐ右手には本堂がある。 本堂の賽銭箱左手には枯れた弘法大師お手植えの松の根が安置されている。 山門の扁額もそれで作られているとのこと。

その本堂の脇に裏山の観音山(作者測定標高171m)への登山口がある。 上り口付近には多数のツツジの植込みがある。 山内は巨岩・奇岩がゴロゴロしている。 また、お手植え松の跡、お滝場、梵字岩など登る人を飽きさせないものを次々に見ることができる。 山頂は平地となっておりそこから眺める那珂川市、その先の福岡市の景色はなかなか良い。

伊藤氏メモ全体が古刹の造り・雰囲気であるが、爾来修行道場としてきており、お寺という形態をとったのは明治期になってから。 現第5世。 古い本堂内には護摩台の奥に不動明王十一面千手千眼観世音菩薩弘法大師が本尊として並んでいる。 聖観音菩薩像と修行大師像が両脇にある登山口から、130段ほどの石段・木段を上ると巨岩とともにお滝場、梵字岩の祠、福禄寿・寿老人の像などがある。さらにそこから登ると観音山の頂上にたどり着く。()

観音山

伊藤氏メモ寺内に掲示されている「観音山の由来」の概要を以下に記します。()

今を去る1170年の昔、空海上人弘法大師は唐土に渡らせ給い真言密教を学び両部の大法を身につけ玄海の荒浪を乗り越え博多に御乗陸あそばされました。弘法大師は2か年博多で御留錫になり、この観音山に登らせ給い霊山なるを感得し、後世必ず真言密教の根本道場とならんと予言せられ、今の奥の院一の滝にて身を清めて行をとられ、大岩石に観音様の梵字を彫られ一本の松の木を植えて下山なさいました。松は栄えて1000年の樹齢を保ち高さ60m、地上二尺の周囲7.42mの大霊松となりましたが、昭和34年1959虫害にて枯死しました。現在、初株のみが残っています。


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