お寺めぐりの友

PC版

市塚山() 興満寺(こうまんじ) [未] 浄土真宗東本願寺派(単立)

歴史

伊藤氏メモ当寺は常用村(筑後市常用(つねもち))に天文8年1539良膳が創建した小庵であったが、延宝元年1673の大洪水後の延宝2年1674の尾島の町作りの際、現在地に移転建立された。

境内には、浅山小次郎重綱の墓と津留崎石見守の墓が並んで立っている。浅山小次郎重綱は、九州探題今川了俊に従って西下した大将・連歌師。南北朝の争いで、天授2年1376尾島で肥後の菊池武朝の軍勢に討ち取られた。津留崎石見守は、戦国時代の豊後鶴崎城主で、大友氏の配下として筑後に出陣したと考えられる。墓誌銘には天正5年1577とある。(Links① より)()

門前の道は薩摩街道である。 Links② によれば当地に移転してきてからは薩摩街道上の公用の休憩施設としての役割もはたしていた。 参勤交代途上の諸大名への見栄の為として整備された為、広い敷地を与えられたようである。

Top