お寺めぐりの友

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照空山(しょうくうざん) 浄弘寺(じょうぐじ) [未] 真宗大谷派

歴史

伊藤氏メモ文亀3年1503下河資之(しもかわすけゆき)(吉田資之)が得度し、開いた寺院である。第3代正空の頃には、檀家は遠く筑前・肥前・肥後天草まで及んだという。ところが、久留米藩2代藩主有馬忠頼(ありまただより)1603-1655は、西本願寺派(浄土真宗本願寺派)から東本願寺派(真宗大谷派)への転派を命じたが、第7代玄了はこれを拒否。藩は寺に圧迫を加えたため、玄了は柳河藩へ退避し、第8代雲清のとき東本願寺派となった。

境内の五重塔は、享保5年1720の作で一層目以外の屋根が八角形の変わった形のものである。銘文に本分村石工とあり、八女市長野の石工集団の開始時期を考える上で貴重な資料となっている。(『筑後市の文化財-平成16年版-』より)

有馬忠頼の転派命令に抗した僧侶らが、矢部川を渡って移り住んで創設した寺院が、当寺と同名の浄弘寺(みやま市瀬高町、浄土真宗本願寺派)であるという。現第19世。()

ひとくちメモ

伊藤氏メモ上述の五重塔は石造りで本堂左前にあり、容易に見つけることができる。新しい門徒会館内には[喫茶ふらっと]がある。その名のとおり、ふらっと立寄ってもらうためのもので、5年ほど前に開いたという(13:30〜15:30開店)。()

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