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() 善慶院観音堂(ぜんけいいんかんのんどう) [善慶寺跡] 不詳

歴史6 phrases

観音堂前の案内板の内容は下記のとおり。

この観音堂の起源は古く1250年前當時の名僧行基の手に成る聖観世音菩薩の尊像を祭祀本尊とする 善慶寺という由緒ある古刹であったが、 年経り世相もかわり寺勢も衰えその上に堂塔伽藍も幾度となく興廃をくり返し幸いにも残った一枚の貴重な記録 「募縁」によって今より400年前、時の善慶寺主大法師耜驤鳳翔師が当時の信徒並びに同憂の各位の協力のもと 心魂を傾けて堂塔の拡張再建の成果をみることが出来たのである。

然しながら、その後も度々の風水害によって本堂のみならず祭祀本尊及び三十三身佛もすべてが形なきまでに 朽ちはて遂に明治33年1900観音堂を構築して総ての御佛体を新調したのが今のお姿である。

尚、現在の新しい小堂宇は90年前構築の既に荒廃した観音堂の再建を発願したところ 思いもかけぬ多数の熱心な賛同者の方々より平成2年1990より同3年3月までのありがたい御喜捨によって 見事にここに完成したものである。

平成3年19913月31日 善慶院観音堂再建委員会

筑前國続風土記拾遺』巻之35 遠賀郡 貞 山鹿村 魚町浦柳園稿の項にただ 「○観音堂高辻善慶寺跡也」とあるだけである。

伊藤氏メモ島郷四国33か所の32番札所となっている。右隣にもお堂があり、同1番札所の表示がある。 なお、管轄は近在の法輪寺である。()

ひとくちメモ2 phrases

門前は旧唐津街道である。門前左手には安楽寺、右手には大願寺が伽藍を構えている。

善慶院観音堂と門前の2ヶ寺に囲まれた領域には石仏・墓地などがあり、ちょっとした霊域のような雰囲気である。

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