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覚海山()禅寿寺(ぜんじゅじ)[禅寿禅寺]☆☆☆臨済宗大徳寺派

歴史

伊藤氏メモいただいたパンフレットの要旨を記します。

禅寿寺の開山様は大覚禅師(蘭渓道隆)で、1213年中国で誕生した。23歳のとき、意を決して来日し、博多の円覚寺、芦屋の禅寿寺などに住して、京都から鎌倉に入り北条時宗で有名になった建長寺を開山された和尚様である。幾度かの火災により古文書は焼失しているが、古くからの言い伝えによると文永4年(1267)の建立と言われている。

本堂中心の御本尊様は釈迦如来坐像で運慶の作と伝えられている。その右側に禅宗の祖の達磨大師を安置し、前方は前和尚(藤隣応師)の像で、左側にお大師様が安置されている(明治の廃仏毀釈で岡湊神社の千光院から当寺に寄せられたもの)。

火除け達磨:菩提達磨円覚大師の古画の掛け軸。寛保2年(1742)、住職が寺をしばらく留守にするので、檀家の篠原半右衛に預けた。その年の11月に火事が起こったが、その灰の中から画像だけは残り、太田新左衛門が修理して納めた。宝暦5年(1755)11月に火事があり十数家が延焼したが、寺だけは焼けなかった。焼失を免れた影像を町の人々は大切にした。

光明真言宝塔:禅寿寺の本堂の前に大きな塔がある。光明真言宝塔と言い、明治元年、神仏分離令により、岡湊神社より運ばれたものである。天保2年(1831)千光院の40世権大僧都法印智の代に十方施主を集めて建立したもの。

四国88か所石仏:納骨堂の周りに石仏がある。左手より1番の釈迦如来から、88番の薬師如来の石物が並んでおり、最後に石鉄山と書かれた石碑がある。()

参考:『筑前国続風土記拾遺』

ひとくちメモ

禅寿寺の裏手は中央公園である。 境内には高さ3mはあろうかと思われる天保2年(1831)銘の光明真言宝塔がある。 またその後ろには銀杏の大木がある。紅葉の時期にはさぞかしきれいであろう。

『筑前国続風土記拾遺』巻之32 遠賀郡 元 蘆屋町の項

禪壽寺

舩頭町にあり。覺海山と号す。 臨済宗崇福寺の末なり。 開山は大覺禅師道隆なり。 (げん)の世に来朝あり。 其時當寺を建立すといふ。 本尊釈迦の像は古佛なり。 又達磨の画像あり。 寺内に観音堂宝經塔あり。

僧玄蘓が仙巣稿に此寺の事を載たり。 宗像分限帖に5町2段60歩寺産を載たり。

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