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悟真山() 光明寺(こうみょうじ) 浄土宗

歴史

筑前國続風土記拾遺』巻之32 遠賀郡 元 蘆屋村の項に下の記事がみられる

○光明寺

市場町に在。悟真山と号す。 浄土宗鎮西派知恩院に属す。 當寺ハ四条院の嘉禎元年1235聖光上人の弟子良忠上人當郡 矢矧川[1]の東に建立あり。 其後数百年を経て後柏原院の大永元年1521廃寺を今の地に再興せり。

本尊阿弥陀仏立像長3尺1寸恵心僧都の作なり。 寺内に観音堂鐘楼等あり。 此寺辺鄙にては頗壮麗なり。

ひとくちメモ

唐津街道芦屋宿の宿場内、西構口の少し東側に伽藍を構えている。 参道口前が街道である。 坂道の参道を登れば境内。本堂脇には地蔵堂・多数の石仏がある。 堂内のお地蔵様の眼の色は黒い。

本堂前にはイチョウの巨木がある。かなりの老木と見え多数の乳柱(気根)がある。 また、安政6年1859銘の手水もある。 境内から東を望めば遠賀川、その先には山鹿の町並も観える。

伊藤氏メモ780年前に現在の岡垣町矢矧川(やはぎがわ)のほとりに草庵が建立された。 その後、1500年代に現在地に移転。移転後29世を数える。若葉保育所を併設。なお、芦屋橋方向から北へ当寺に向かってくる道脇には、「福岡藩焚石会所跡」「垂間野橋の跡」の石碑が建っている。 ()

脚注

関連寺院

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