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関松山() 栄宗寺(えいそうじ) [栄宗禅寺] 曹洞宗

歴史6 phrases

上のホームページの内容と少し重複するが、 『筑前国続風土記拾遺』巻之32 遠賀郡 元 若松村に下記の記載がある。

榮宗寺

村内に在。関松山と号す。禅宗洞家高倉龍昌寺の末なり。 開山瑞珠は元亀元年1570に寂すといふ。

本尊ハ観音なり。境内に古佛の薬師十二神将あり。 此佛ハ昔此村に堂島寺とてあり。 其本尊なりしか永禄年中1558-1570に大友氏の兵火に焼れて廃絶せり。

村の北に薬師山とてあるは即かの堂島寺の址なり。 其址に眼灌池(めそそぎいけ)とて古井のこれり。村老相傳て云。昔朝日長者といふ者一人の女あり。明を失ひて此薬師に祈りけれは此井にて眼を洗ふべしと夢の告有。即此水にて眼を洗ひしかば忽眼疾癒けるとかや。故に後世目をそそぎの井と名つくといふ。朝日長者宅址とて大城村の内にあり。又月影ともいへり。

上の『筑前国続風土記拾遺』の薬師山にあったと言われる堂島寺は、現在はその場所に堂塔山 堂塔寺として中興されている。 その北側には眼灌池(目洗井戸)もある。詳細は堂塔山 堂塔寺のページを参照のこと。

ひとくちメモ5 phrases

栄宗寺の東側は遠賀川の支流が流れ、そのすぐ東が遠賀川である。 本堂の正面の両側の柱に掲げられた黒地に金色の文字はなかなか珍しい。 本堂前の砂はきれいに掃き清められてそれを踏んで本堂にお参りするのが申し訳ないようであった。

本堂の裏山には複数のお堂が見える。なんとかそのお堂のある場所に登ろうとしたが登り口を見つけられなかった。 ちょうど通りかかった近所の古老の方にいろいろ話を伺ったところによれば、 裏山は昔は広大な墓地であったが、そのお墓はほとんどが掘り返されてそれぞれの旦那寺の納骨堂に遷されているとのこと。 (名は言えないが、現代の有名政治家の代々のお墓もそこにあったという)

また、駐車場には3個のかなり深くて奥まで見えない洞穴がありそれは防空壕の跡ということも伺った。 防空壕の跡は現代ではなかなか見る機会は少ないので子供の学習の為見学されてはいかが? もちろんお寺にはお断りして。

伊藤氏メモひとくちメモ欄にある「本堂の正面の両側の柱に掲げられた黒地に金色の文字はなかなか珍しい。」の文字の入った柱は(れん)といい、文字は住職自ら彫ったものという。文字[尽十万世界是一顆明珠・汝向黒山鬼窟裏作活計]は曹洞宗の開祖である道元禅師の執筆した『正法眼蔵』からの一節という。

永禄3年1560の開創以来この地にあり、現第15世。()

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