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積翆山(せきすいざん)雲心寺(うんしんじ)[雲心禅寺]★☆☆臨済宗大徳寺派

歴史

山門脇の案内板の内容をそのまま記す。

直方藩主の御塔所

積翆山 雲心寺は、臨済宗大徳寺派に属し、寛永3年(1625)に建立。 東蓮寺藩主(黒田高政[1])より寺領60石を賜った名刹である。

境内には、黒田高政公、之勝公[2]、 長清公[3]の御前室の尊霊と直方藩初代藩主高政公(雲心院殿)の御塔所がある。 また、高政公に殉死した村瀬市之丞(19才)櫛橋半左衛門(24才)嶋井市大夫(26才)古屋十之丞(18才)の墓をまつってある。

雲心寺については『筑前國続風土記』巻之13にも記述がある。大部分が上の内容と重複するが、 開山が大徳寺の江月和尚で、 博多崇福寺の末寺であったという 記載がある。

伊藤氏メモ黒田高政公は、寛永16年(1639)に参勤交代で江戸在府中に病で亡くなった。遺体を収めた墓は東京都渋谷区広尾の祥雲寺にあり、当寺では供養塔で毛髪が収められた。(直方地域観光地づくり推進委員会パンフ『直方歴史紀行』より)()

ひとくちメモ

雲心寺はJR直方駅のすぐ西側に伽藍を構えている。本堂裏手は広大な墓地となっており、 その一番奥には東蓮寺藩・直方藩にゆかりの人物の墓所がある。

雲心寺前には旭地蔵尊が鎮座されている。ここの石仏様たちは目鼻立ちがくっきりしており 仏師(作者は知らないが)の個性をよく表しているようである。

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脚注

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