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覚音山(かくおんざん)西徳寺(さいとくじ)★☆☆浄土真宗本願寺派

歴史

西徳寺の歴史については上のホームページに詳しい。ここでは境内の案内板の一部を抜粋する。 なお、鐘楼・山門・直方機関区殉職者の慰霊碑などについても詳細に記載されている。

西徳寺は、覚音山と号する浄土真宗の寺院で、筑前名島城主小早川秀秋の家老、 篠田次郎兵衛重英の開基である。 重英は関ヶ原の合戦後出家し「西徳是照」と称しこの地に草庵を結んで専修念仏 の業を修めていたが、寛永5年(1628)三世清順の時に「西徳寺」という寺号を許された。

西徳寺に伝わる梵鐘(県文化財)は寛文4年(1664)の鋳造。銘は貝原益軒による。(Links① より)

参考:『筑前國続風土記拾遺

ひとくちメモ

西徳寺はJR直方駅を見晴らす丘の上に伽藍を構えている。 境内には山門・梵鐘など東蓮寺藩・直方藩時代の遺構が残されている。 (詳細は上のホームページを参照のこと) 尚、幼稚園・保育園が境内に併設されている。

伊藤氏メモ東蓮寺藩初代藩主・黒田高政は当寺本堂を建立し、準菩提寺として手厚く保護した。

少し小高い所に古い山門が見える。階段を登りきると山門柱の上の紋が目に入る。黒田家の家紋・藤巴(ふじどもえ)である。 山門(直方市指定文化財)は、直方藩廃藩の際に直方藩主館の門を移築したものと言われている。

鐘楼に床置きの梵鐘は福岡城で時を告げていた鐘が縁あってたどり着いたものである。ひびが入り、今は音が出せないという。

鐘楼の奥、桜の木の陰の所には「林芙美子滞在記念碑」がある(芙美子は12歳の頃、父母ともども直方に滞在していた)。(観光パンフ『「お」のつくのおがた・直方NOGATA』などより)()

筑前國続風土記拾遺』巻之29 鞍手郡 上 山部村の項

西徳寺

本村に在。真宗西下境村光福寺に属す。 開基の僧を是照と云。 (此僧は秀秋卿に仕へて俗称篠田次郎兵衛重英と云へる士なりしか、其領所なりし故、 致仕の後此地に来り出家し、當寺を開基し慶長3年5月寂すと云ふ。) 寛永5年(1628)2月3日三世清順に本山より木佛寺号を許さる。

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