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()徳若の阿弥陀堂(とくわかのあみだどう)☆☆☆仏教礼拝所

歴史

伊藤氏メモ小ぶりな堂宇は中央四国33番札所となっている。()

札所の本尊は薬師如来と阿弥陀堂に表記されている。 御堂の名は、現在、GoogleMap上では「薬師寺」と表示されているが、 案内板の表記のまま「徳若の阿弥陀堂」としました。誤っていたら訂正します。 境内の字のかすれた案内板の内容を下に記す。

(旧蹟)徳若の阿弥陀堂

この地は往昔より次郎丸と称され、元亀元年(1570)豊前国長野郷[1]の三ツ岳落城後、 永住の地を求めて来住したのが、林、中村、正野崎、岡部4姓の祖先次郎丸一族である。

ここに祭られてある阿弥陀堂の御本尊、薬師、阿弥陀、釈迦如来の3仏は。惣社宮境内の若宮社とともに、 遠祖平忠常の出生地下野国宇都宮より勧請されたもので、次郎丸一族の信仰の神仏として背負い来り祭られたものと伝承されております。

この4姓の同族によって毎年8月8日には阿弥陀堂で施餓鬼の勤修と、10月21日には若八幡宮前で、宮座の御神事奉修行事を古来より現在まで継続されている由緒があります。

中間市教育委員会
中間ライオンズクラブ

ひとくちメモ

伊藤氏メモ堂内の薬師如来はガラスケースで大事に保護されている。左前には、日切地蔵大菩薩を祀った小堂もある。 全体的にコンパクトであり、寺院というよりも薬師堂という見目であるが、山門や白色の外壁も備えている。()

御堂は扉を開放されており、上がって参拝。 3尊像はガラス戸の中に鎮座している。 当日は好天で外の日差しが反射してどうやってもうまく写真が撮れない。 向かって左手の薬師如来は確認できたが、中央と右手の尊名は阿弥陀か釈迦かの区別はつかない。 写真のキャプションは誤っているかもしれない。

阿弥陀堂の右斜め前には向かい合うように日切地蔵堂がある。

日切地蔵堂

御堂の縁起等は不詳。分かり次第追加します。

御堂内には向かって左手より、弘法大師・日切地蔵尊・不動明王が安置されている。

惣社宮

祭神は大己貴大神・須佐之男命・稲田姫命・天照大神・他。

社伝によれば、神武天皇が岡の湊に行幸の時に祀られた。 宝暦・明和年中(1751~1771)に郡内7旧社の一つに数えられた。

現在の神殿は天保14年(1843)に再建されたもの。(以上 境内の案内板より)

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脚注

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