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東光山() 建興院(けんこういん) [建興禅院] 曹洞宗

歴史

筑前國続風土記拾遺』巻之37 宗像郡 中 田熊村の項に下記の記述がある。

建興寺

日明(ヒアケ)に在。東光山と号す。禅洞家田嶋村醫王院に属す。 開山ハ同山三世玉巌也。 昔ハ建高院とて眞言寺有。 廃せしかは永禄年中1558-1570ニ占部甲斐尚安1503-1560其子右馬助尚持1527-1560の為に再興し。 尚持が法名を取て建興院と改む。 本尊ハ薬師佛也。寺内に清水有。日明水共不老水とも云 平井の名是に起ると云フ。

上の占部尚安、尚持の生没年は年表-占部家系傳によった。また同ページによれば建興院の再興年は永禄4年15618月とある。

上でも記載されている不老水は本堂前に今でもある。 その脇の石製の案内板の内容を下に示す。

当山の古文書に依れば、鳴渕と称する池に毒龍住みて諸人に障害をなすこと数年成りしを、 建興院開山の済度により成仏して此の池を立ち去る時、龍は女人と化して夜中に来たり申しけるは、 鳴渕の水を、建興院の山に移し奉り御法礼となす。 それより不思議にも霊水湧き出す。 もって御開山玉巌璨大和尚これを不老水と名づけられ。是れと、いえどもかって減水せし事はなし。 此の水は薬となり、今に至るまで諸人の、病気平癒せしもの多々これあるなり。 (後略)

ひとくちメモ

建興院はJR鹿児島本線の東郷(とうごう)駅のすぐ南側の小高い丘の中腹に伽藍を構えている。 この付近は、昔は日明と呼ばれていたが現在は"日の里"と言われている。"日"の字は日明からとったものであるということを聞いたことがある。

門前には、真下にJRの線路が左右に通り、その先は豊かな田園地帯である。 ここからの眺めはなかなか良い。

伊藤氏メモ400年以上前に再興。元々は近くの平井(JR鹿児島本線を西側へ越えた地区)にあったという。本堂は6、7年前の新築というもの。現第25世。()

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