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塔峯山妙寿院() 光明寺(こうみょうじ) 浄土宗

歴史

上のホームページによると、 天文6年1537遠賀郡陣の原出身の宝誉貫碩和尚(姓を白水といい本寺極楽寺の第七世)によって開基。 本尊阿弥陀如来像は恵心作と伝えられている。 裏の山林は延宝8年1680に櫛橋家より寄進を受けたもので、 その山林には宮若市、鞍手郡内では最古の慶長墓(黒田如水義姉の墓碑)が立っているという。

参考:『筑前國続風土記拾遺』

ひとくちメモ

寺の背後は小高い山、前は犬鳴川が悠然と流れる。その先には六ヶ嶽の山並を眺めることができる。 自然豊かな環境である。 境内には千手観音堂・聖観音像などがある。 千手観音堂は扉が閉じられ拝むことができなかった。 恵心作といわれる聖観音像もいつか拝んでみたいものである。

『筑前國続風土記拾遺』巻之31 鞍手郡 下 龍徳村の項

光明寺

川東に在。 塔峯山妙壽院と号す。 浄土宗鎮西派宮田村極楽寺末也。 天文6年15379月寶譽と云僧開基す。 遠賀郡陣原村産白水氏天文15年5月11日寂す。87才。 本尊阿弥陀佛ハ恵心作と云。 此寺に上月十郎景高播州上月城主か内室の墓あり。 銘に景壽妙壽大姉慶長18年161311月19日卒と有。 是興雲[1]の叔母にして櫛橋豊後守伊定播州志方城主の長女也。 此寺昔ハ岡本七太夫正俊祭田を寄附せしか今ハなし。 正俊始ハ櫛橋五郎助と云。櫛橋宗雪の甥、伊定の孫にして采地当村に有りしか故に爰に住せし也。 延寶8年16802月山林5000坪寄附し給ふ。吏人の證文を蔵む。

脚注

関連寺院

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