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聖竜山()引接寺(いんじょうじ)浄土宗

歴史

『瀬高町誌』第12節寺院の項をそのまま記載する。

下庄の聖竜山引接寺

浄土宗善導寺派、文明年中(1469-1486)僧深誉開基、 初めは遍光山と称した。 貞俶公[1]の実母玉線院殿享保元年(1741)6月死去、当寺に葬った。 本寺14代の時寺内残らず焼失し旧記ことごとく鳥有に帰した。 立花帯刀(立花茂虎)本寺中興開山の一誉上人に帰依。 帯刀を本寺に葬った。 これを聖竜院殿と称し、 これにより聖竜山と改称した。

立花帯刀(茂虎)は立花忠茂[2]庶長子[3]で寛文11年(1671)山に菜地1500石を領して同所に住居した。 立花玉蘭は帯刀の孫の主水茂之の2女で通称中山夫人と称した。 女には珍しい漢詩の作家で、 その師は江戸の服部南郭である。(中略) 寺内に玉蘭の墓がある。碑貞松院殿天誉恵林妙真大姉の塔、寛政6年(1794)とある。

柳川城正門の「瀬高御門」が柳川城消失後、競売にかけられ当寺に移築され山門として残っていたが平成16年(2004)秋の台風で倒壊の為保存中との事である。(Links① より)

ひとくちメモ

未稿

伊藤氏メモ開基以来この地に600年ほどある。現第31世。現本堂は、平成3年の台風被害により、やや右手から現在地に移転再建されたもの。 大きなクスノキとイチョウの木があり、そのそばにはイス・テーブルなどの休息場所があるのもありがたい。()

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脚注

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