お寺めぐりの友

PC版

種徳山慈眼院()慶運寺(けいうんじ)☆☆☆浄土宗

歴史

伊藤氏メモ当寺の前身は渓正庵(けいしょうあん)と言ったらしいが詳細は不明。 弘治3年1557、三原(本郷)城主の三原種連が円照広恵禅師を開山に寺を再興して禅刹になる。寺号は種連の戒名から種徳山桂昌寺としたが、すぐに兵火で焼失、破壊を繰り返し、数年断絶したという。

正保年間1644-1648頃に、了波(りょうは)という浄土僧が、古跡の地を惜しみ、草庵を結んで再興し、以来善導寺末寺の浄土宗寺院として今日に至る。

寺名を桂昌寺から慶運寺と改めた時期については記録がない。 しかし、『寛文十年・久留米藩寺院開基』には既に慶運寺と記載されており、寛文年間1661-1673には慶運寺になっていたことが分かる。

山門のすぐ右脇には観音堂があり、この堂の聖観音像が筑後三十三箇所観音霊場第6番札所の本尊である。本堂の本尊の阿弥陀如来像は聖徳太子の作と伝えられる。

慶運寺の斜め向かい側には「三原城址」の碑がある。三原城は、中世にこの辺りを支配していた領主三原家の居宅跡で、本郷城とも言った。(『筑後の寺めぐり』より)()

山門脇の「慶運寺本堂新築落慶記念碑」(平成21年7月銘)によれば、住職は第37世とある。

ひとくちメモ

山門をくぐり境内に入ると右手に年歴を感じるお堂、その向って左側には等身大より一回り大きな不動明王像が立っている。 別に、主のいない小堂がある。 多数の石仏群も見られる。

門前は、古い道のようで昔ながらの商家と思しき建物が散見される。

関連寺院


周辺のスポット(4km以内)


Top