お寺めぐりの友

HOME PC版

井上山光明院(せいじょうざんこうみょういん) 善導寺(ぜんどうじ) ★★ 浄土宗

歴史9 phrases

伊藤氏メモ善導寺は浄土宗の開祖法然上人の直弟子聖光上人(鎮西上人)により、筑後の在国司兼押領使・草野永平の援助を受け、承元2年1208に開山された。

大門から参道を進むと三門があり、大きな楠が2本ある。樹齢約800年で聖光上人が植えたものと伝えられる。その向かい側にある鐘楼の梵鐘は寛文元年1661鋳造で、県内一の大きさを誇る。毎年12月31日には、4人1組で除夜の鐘を突くことができる。

その傍には釈迦堂。先には三祖堂。三祖堂には、中央に木造善導大師坐像、向かって左に木造大紹正宗国師坐像、右に木造法然上人坐像がある。三祖堂は安産祈願の場所である。聖光上人の母は、聖光上人を産んでまもなく亡くなり、上人が母子の健やかな成長を願ったことから始まったという。

三祖堂の右手が善導寺の本堂。鎌倉時代初期に創建されたが、たびたびの兵火で焼失。現在の本堂は天明6年1786の 建立。 入母屋造りで、棟には石高500石を示す5個の葵の紋がある。堂内には、本尊阿弥陀三尊像が安置。また、1080個の数珠球で長さ約60mにもなる百万遍数珠も目を引く。

三祖堂から筝曲発祥の碑を左に見て、宝物館に入ると、寺宝である末代念仏授手印(浄土宗の本義を説き、手印によって証明した書)や紙本著色本朝祖師伝絵詞(室町時代)・紺紙金泥観普賢経(平安時代後期)などを見学できる。(『福岡県の歴史散歩 』などより) ()

伊藤氏メモ善導寺は南北朝時代に後醍醐天皇(在位:1318-1339)の勅願寺となるが、その後は戦乱に巻き込まれ、天正12年1584大友方の立花道雪の兵火で堂宇を焼失するが、天正15年に20世円誉弁跡(えんよべんせき)上人が再興した。

慶長6年1601筑後国主となった田中吉政公は、元和2年1616善導寺に東照権現宮(実相精舎)を建立、寺領を加増 して500石とした。 次いで入府した有馬公も善導寺の庇護を踏襲した。このようにして、善導寺は時の為政者たちの帰依と保護の下で寺内を充実、発展させた。

正保4年1647に本堂再建、慶安4年1651に惣門を建立した。この門が現在も使われている大門である。

善導寺は、浄土宗の西の根本道場として、福岡県下に60余ヶ寺、県外は熊本・佐賀を中心に60数ヶ寺の末寺を抱える鎮西本山で、昭和28年1953に浄土宗大本山となった。現在も揺るぎない寺勢を保っている。(『筑後の寺めぐり』より)()

ひとくちメモ4 phrases

善導寺の規模は九州最大級である。境内は多数の楠で被われている。 境内の建物・仏像などの説明は、上のホームページに詳しく掲載されている。

参道両脇には塔頭寺院と思われる6ヶ寺が伽藍を構えている。

境内の大楠は必見である。樹齢約800年、天然記念物という。 また、門前町もまだまだ健在で、参道入り口の朝凪(あさなぎ)酒造の蔵も歴史を感じさせる。

今回()お参りしたときは、あいにく境内は工事中で撮影した写真も工事関係の部材が多数写っている。 またお参りに行こうと思う。

関連寺院19