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虎谷山(ここくさん)寿本寺(じゅほんじ)★☆☆浄土真宗東本願寺派/単立

歴史

境内の案内板の内容をそのまま記載する。

虎谷山(ここくさん)寿本寺(じゅほんじ)(浄土真宗)

本寺は、 天文元年(1532)草野家11代の城主、草野重永の二男永秀が剃髪、 善宗と称し開基。 以後世襲として現26世住職道哉氏に至る。

本尊は、寺伝によると安土桃山時代、現八女郡上陽町上横山(もと上妻郡北河内村上横山) 八重谷の里正、 大坪重勝が石山合戦に参戦、 その偉功として顕如上人から阿弥陀如来を賞与され、のち当山に奉納したものという。

内仏は、開基以来の阿弥陀如来(旧本尊)で九山木阿弥の作と伝えられる。

現本堂は、嘉永元年(1848)21世住職大解(だいげ)により正面8間、側面9間の入母屋造り、 桟瓦葺き[1]向拝[2]3間を再建されたものである。

久留米市

(有形文化財)寿本寺の山門(平成5年6月22日市指定)

本寺の山門は、木造一層、切妻造、本瓦葺である。 扉は2枚あるが1枚はくぐり戸であり、3間1戸の門形式で、 本柱とともに後方の控柱(ひかえばしら)でも屋根を支えていることから、 武家屋敷に好んで設けられた「薬医門(やくいもん)」の分類に入る。

鬼瓦に有馬家の家紋の一つである釘抜紋(くぎぬきもん)[3]がみられ、 旧久留米城の西の丸に築かれた「水の手御門」であると伝えられている。

明治4年(1871)の廃藩置県以降に本寺に移築されたものであろう。 この門は、柱や扉の木割が太く、重厚な武家の建築として価値があり、 また久留米城の数少ない遺構として貴重である。

久留米市教育委員会

ひとくちメモ

寿本寺は日田街道草野宿の西側の入口付近に伽藍を構えている。門前は日田街道である。 久留米城から移築されたと言われる山門はどっしりとした風格があるものである。 本堂も年歴を経たもののようで枯れた趣がなかなか良い。 境内には鐘楼の他、寛政9年(1797)銘の井戸がある。

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脚注

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