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日頂山()伯東寺(はくとうじ)☆☆☆真宗大谷派

歴史

本堂脇の本堂再建記念碑に記載されている文章の一部を抜粋する。 (西暦年号・段落・文字強調は作者が挿入した。)

當山ハ圓佐ノ開基ニシテ初メ禅宗白藤寺ト號シ 地頭細川周防守伯孝之ヲ管理シタル寺ナリ。 應仁ノ乱1467-1477起ルヤ伯孝戦死其ノ子伯之出家シテ聞信ト改名シ此ノ寺を継承ス。 慶長8年1603玄清寺號ヲ伯東寺ト改メ西本願寺ニ歸依シ真宗に転派セリ。 正保4年1647有馬藩ノ西派追放ノ厄ニ會ヒ明歴2年1656豊後日田郡石井ヨリ了撰入寺シ真宗大谷派トシテ再興ヲ図ル。 慶應元年1865第10世千嚴住職美濃國ヨリ入寺スルヤ宗門教學ニ盡瘁シ一派ノ學頭トシテ東本願寺講師ニ叙セラレ法勲赫々門葉其ノ徳ヲ仰慕セリ。 更ニ第12世千靜嗣講ノ學位ヲ受ケタルコトハ共ニ當寺ノ榮譽タリ。(以下略)

昭和41年12月 伯東寺 第14世 釋 闡教

筑紫野市原田2508に同じ寺号日東山 伯東寺の浄土真宗本願寺派の寺院があるが、江戸期・有馬藩主が藩内の浄土真宗のお寺をすべて東本願寺派に転派を強制したという話がある。 もしかしたら両お寺のルーツは同じであるのではなかろうか? (光伝寺の歴史の項も参照のこと)

『新版 福岡県の歴史散歩 (新全国歴史散歩シリーズ)』の輪蔵付経蔵伯東寺の項によれば、 境内東南にある経蔵と輪蔵(福岡県文化財)は銘文から享保14年1729の建立。 太宰府安楽寺の宝蔵として造られたもの。 明治の神仏分離に際して鳥栖の寺に一時移され、明治16年1883に伯東寺に再移管されたものという。

ひとくちメモ

伯東寺の北東側には筑後川が流れ、西側の集落のさらに少し西側は広大な田園地帯となっている。 その先には耳納の山々が頂を連ねている。

山門をくぐるとすぐ右手に輪蔵付経蔵が収められた経堂がある。 建物はかなり歴史を感じるものとなっている。 山門もかなりの歴史あるものであろう。荒削りの柱は枯れた雰囲気で、 屋根下の装飾もなかなかのものである。

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