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集仙山()円勝寺(えんしょうじ)[円勝禅寺]☆☆☆曹洞宗

歴史

伊藤氏メモ明徳3年(1392)の創建で、神代山安国寺3代の住持、月浦和尚の開山。明応2年(1493)円勝寺3代の住持、石岩和尚が竜護山千光寺の第4代諦庵和尚に従って、法統を伝授され曹洞宗石屋派に改宗し、千光寺の末寺となった。

本尊は行基の作と言われている。 行基が西国巡錫の折り、日田より1本の靈木が千歳川を流れ下り、三井郡七ヶ瀬の辺りで止まった。 行基はこの木をもって一体の仏像を刻み、これを妙永寺に安置した。 その後、明応5年(1496)の洪水のとき、この尊像が円勝寺に流れ着き、光明を放った。 その後、これを永妙寺に返還しようとしたが、動かないのでついに円勝寺に安置して、本尊としたと伝えられている。(Links① より)()

ひとくちメモ

伊藤氏メモ門前両脇の2本のマキの剪定形は他では見かけないもの。 山門や本堂覆戸が赤土茶色なのも珍しい。円勝寺に至る手前の石崎三差路交差点には、大師堂と「御国三十三ヶ所霊場第14番」の霊場碑がある。()

上で伊藤氏が書いておられるようにマキの木の姿が珍しいものである。 境内には本堂の他、観音堂(と思われる)・仏堂がある。観音堂の両脇には多数の石造観音像が祀られている。 門前でも石塔・石仏群がみられる。 円勝寺の南側の筑後川の土手には 石祠が立っている。

大師堂と「御国三十三ヶ所霊場第14番」の霊場碑

大師堂は円勝寺の西側約100mほどの所に立っている。近年建て替えられたようで真新しい。 そのの脇には「御国三十三ヶ所霊場第14番」(昭和31年7月銘)と記された霊場碑が立っている。

このあたりは昔は薩摩街道であった。 当大師堂・霊場碑の位置は街道沿いにあり、円勝寺への道標の役割を果たしていたのだろう。 霊場碑の銘は昭和代だが建て替えられたのかもしれない。

この周辺の道は道路の拡張工事等により現在は複雑な経路となっている。 この工事の為、大師堂・霊場碑の位置は多少移動された可能性がある。


筑後川土手の石祠

石祠は円勝寺のすぐ南側の筑後川の土手の上を走る県道785号線を渡った所にひっそりと立っている。 かなり歴史あるもののようだ。

表側は筑後川の先の耳納の山々に向いている。

扉が半開きとなっており、中には観音像が祀られている。 この石祠も円勝寺由来のものだろう。


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