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亀甲山宝池院() 長谷寺(はせでら) [長谷観音] 浄土宗

歴史

長谷寺で配布されている『長谷観音参拝のしおり』より抜粋する。

長谷観音縁起

元正天皇の養老5年721僧行基が、木曽山中の楠の霊木で一本三体の像を彫り、 一体を大和長谷寺、一体を鎌倉長谷寺、又の一体が本尊である。 仏師は、稽主勳、稽文会。

開山万貨上人は、大和長谷寺の僧なりし縁あって、当筑紫国に下って光孝天皇の仁和元年885 この地に安置し、法灯現在に至る。

※長谷寺には、その他四天王像(鎌倉時代)、座像十一面観音、開山万貨上人像が伝えられている。

参考:『筑前國続風土記』

ひとくちメモ

長谷寺は鞍手の田園地帯に伽藍を構えている。その前は池である。 境内・裏手の山道・茶屋それに周辺の田園地帯でのおいしい空気など半日コースのお参りの場所である。

本堂裏手には福岡県指定史跡火葬墓群がある。作者はその場所を探していて知らぬ間に墓群の上を歩いていた。 墓群は草で被われていて気がつかなかった。墓石と思しき石がごろごろしていた。 葬られた方々には申し訳ないことをした。

山門前には観音茶屋がありお土産物なども売っている。その前には広い駐車場もある。

山門脇の坂道を100mほど登って行くと、広場がある。そこに長い石段がある。そこを登って行くと「虚空蔵菩薩 六ツ嶽四国 西国一番奥の院」とかかれた祠(地図では長谷大師堂と表示されている)、 その脇には多くの石仏、涅槃の松などがある。涅槃の松の脇には案内板があるがかなり痛んでいてよく読み取れない。

その先にはどうやら観音堂裏手に通じると思われる石段がある。 かなり広い寺域であることがわかった。

木造十一面観音

境内の案内板の内容をそのまま記す。

国指定重要文化財 木造十一面観音立像

長谷観音堂の本尊十一面観音は平安時代の作とされ、仁和元年885、 奈良の長谷寺の萬賀(まんが)という僧が背負ってこの地に至り、 堂宇を建てたと伝えられている。

木像は(くす)材を用いて、頭上から足下まで一本で造られており、 像の背後にある彩色光背は九州唯一といえる。 像高は188cmで、頭上には十一の化仏(けぶつ)が置かれている。 左右に長い眉が連なり、上唇の端が切れ上がる顔の表情には力強さと慈悲深さを みることができる。

長谷観音 - 鞍手町歴史民俗博物館に写真と詳しい解説が掲載されている。

ご開帳は下表の日に行われているとのこと。

毎月17日、18日ご縁日
1月17日、18日年始のご開帳・祈願会
4月17日、18日春の大祭
10月17日、18日秋の大祭
12月17日、18日年納めご開帳・祈願会
7月10日46000日とて特別ご開帳

『筑前國続風土記』巻之13○長谷寺浄土宗鎮西派

新北(にきた)村の枝邑長谷(はせ)と云所あり。 (本村より半里あり。) 亀甲山と號す。

本尊十一面観音、行基作といひ傳へたり。 そのかみ、大和國長谷の萬貨坊といふ僧、此地に来りて寺を建立せり。 其形勢大和の長谷を(うつ)せしと云。 或説に、聖武帝大和の長谷寺を立給ひて後、徳道上人に詔し、國々に 新長谷寺を立らるといふ。 此寺も此時に立しにや。

むかしは真言宗なりしが、中頃退轉し、近代浄土宗の寺を再興せり。 植木村眞如寺の末寺也。

此寺に千本(ひのき)とて、本一本にして末茂れる木あり。 此寺むかしは繁栄の所にて、五百石の寺領あり。 (六坊は伊屋坊、橋爪坊、池田坊、谷坊、水上坊、尾薗坊あり) 盗賊のために焼れて、今は只一坊残れり。

11月13日に祭あり。此寺に大なる古き太鼓あり。いにしへの繁栄の時のものらるべし。

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