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慈光山() 真教寺(しんきょうじ) 浄土真宗本願寺派

歴史

伊藤氏メモ延宝4年1676の創建。元々は直方市下境にあったものが、明治期に当地へ移転。現第16世。本堂前に仏足石あり。()

門前は唐津街道の赤間宿に向かう 赤間道である。 下記の2つの旧街道ルートがここから少し南東の六反田で合流し、門前を通り赤間宿に向かっていた。
 ○黒崎宿(長崎街道)» 中間» 底井野» 六反田
 ○木屋瀬宿(長崎街道)»植木»六反田

参考:『筑前國続風土記附録』『筑前國続風土記拾遺』

ひとくちメモ

本堂に向かって左手に、文字の消えかかった案内板が立っている。 その表題は永谷(ながたに)の盆綱」とある。 慶安3年1650にこの地区に悪病が流行した際、博多の豪商白水幽心が私財を投じて救済にあたった。 彼の死後その恩恵を忘れず、また先祖の菩提に供える行事という。 このページに写真が多数掲載されている。

裏手は山になっており、昔は炭鉱があったという。 境内は緑に囲まれお参りした時、ウグイスが啼いていた。 門前は旧赤間道が通り、古い町並みを観ることができる。

『筑前國続風土記拾遺』鞍手郡 上 下境村の項

本村に在。真宗感田村浄福寺に属す。 寛文11年1671清玄と云僧開基す。

『筑前國続風土記附録』鞍手郡 中 永谷村の項

長谷とも書けり。 新延(にのぶ)村の支村也。 ゆへに産神ハ新延村劔大明神也。 慶安年中1648-1651博多の商人白水八郎左衛門といふ者田圃を墾きて一村となせり。 此村の境地に猿田峠といふ所あり。 本編にも出たり。

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