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洞雲山() 龍屋寺(りゅうおくじ) [龍屋禅寺] 曹洞宗

歴史5 phrases

筑前國続風土記拾遺』巻之30 鞍手郡 中 勝野村の項に下記の記事がみられる。

龍屋寺

小竹町内に在。 洞雲山と号。 禪宗洞家福岡安國寺の末派也。 本尊の正観音ハ行基の作也と傳フ。 開基の僧を観正浄音と云。 其時の大檀越の位牌ありて當寺開基龍屋寺殿徳翁利澤大居士神儀文永元年甲子12643月17日と記す。 此人姓名不詳或説に麻生氏の士なるへしと云。 文永ハ亀山院御宇の年号なり。 是を拠とすれハ、 開基の年歴(やや)古し。 此後300年を経て衰退に及たりしを、 天正年中1573-1593龍獄城主杉頭連並恵下山村の北に在て今観音の小堂一宇残れる處其寺跡なり。 に再興し、 連並没後爰に葬る。 此古墓今不詳。恵下ニ殿墓と称するあり。 是杉氏の墓なるへき()。此辺尚墓と覚しき者多し。 此位牌も當寺に在。 龍徳院殿宝泉円鏡大居士天正11年癸未15832月18日と記す。 右位牌2ともに近年製作したものと見ゆ。 寛保3年1743に至りて()下山ゟ今の地に迁す。

◯寺内に地蔵堂あり。

伊藤氏メモ街中パンフには次のように記載されている。 「聖観音像は行基の作と伝えられる。幾多の戦火に遭うも、龍ヶ城主杉連並が再興。 後叟覚和尚またまた再建。黒田長政公の尊牌安置。」旧長崎街道沿い。 本堂は本年改築。山門はコンクリート造の2階部が鐘楼。駐車場は十分な広さを確保。現第16世。()

ひとくちメモ2 phrases

この地は旧長崎街道の直方飯塚宿のほぼ中間地点である。 この周辺には当時の遺構がかなり残っている。 門前にも古い商家の建物が一軒残っている。

山門をくぐり、境内に入ると正面に新築されたばかりの本堂、 本堂に向って左手には釈迦堂がある。 釈迦堂内には中央に釈迦如来像、その両脇には仁王と思われる木像一対が安置されている。 この仁王像、一本の木から削りだされたもののようである。かなり古いもののようである。 怖いお顔をされておられる。 山門脇には石仏群も観られる。

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