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到關山() 託乗寺(たくじょうじ) 浄土真宗本願寺派

歴史

筑前国続風土記拾遺』巻之42 裏糟屋郡 下 青柳町の項に下記の記載がみられる。

託乗寺

横町に在り。真宗西博多万行寺の末なり。開基の僧を空西と云。 元文4年1739寺号木佛を許さる。昔は別に妙行寺の末、座元も有しを今廃せり。

また、境内の金属製の寺伝では「(前略)空西ニ至リ亭(享?)禄4年4月26日天台宗ヲ改メ浄土真宗ニ昄ス。 大谷本願寺第10世住職証如上人法王ヨリ託乗寺ト賜フ是当寺濫觴ナリ」とある。 年号の禄は禄の誤りのようである。 享禄4年卯辛年は1531年である。証如上人1516-1554の生存期間と一致する。

寺号が決まった時期が託乗寺の寺伝と『拾遺』の話と矛盾する。 『拾遺』元文4年1739は享禄4年の誤植ではなかろうか?

結論から言えば 「江戸期は横町にあった。博多万行寺の末寺。享禄4年卯辛1531に寺号木佛を許される。」ということではなかろうか?

伊藤氏メモ元々天台宗の良泉寺というお寺で谷山地区にあったが、青柳宿を形成するために人々とともに、現在地へ移ってきたという。 黒田藩家老飯田氏関連の揉め事があり、当寺(浄土真宗本願寺派、空西開基)と福岡市東区三苫の同名の託乗寺(浄土真宗大谷派)とに分かれることになったという。 本堂は明治15年の建立。現第19世。()

門前の道は旧唐津街道である。

ひとくちメモ

託乗寺は上にも書いたが、旧唐津街道青柳宿のほぼ中央部に伽藍を構えている。

託乗寺周辺には古い街並みを観ることができる。 作者は福岡市から北九州の実家に帰省するときはいつも託乗寺前の街道を通る。

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