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() 為息庵(いそくあん) 浄土宗

歴史5 phrases

観音堂前の案内板の内容は下記のとおりである。

川原観音と為息庵

聖観音の立像は、 川原の福王に祭ってあったものを承応2年1653藩主の命により青柳宿に移されたもので本尊の聖観音は高さ8寸24cm立像で堂内の別の観音立像の体内に奉安されていることから別名(腹込の観世音)といわれています。

その後、元禄16年1703堂の後に庭園を築き草庵を営みて為息庵と号し、求正玄了、ニ僧を住まわせしめ新原浄土院の末庵としました。 為息庵の扁額は博多崇福寺天庵和尚の筆によって書かれたもので、庭園の美しさと為息庵の扁額により広く名を高めたと伝えられています。

文政2年1819明治14年1881の二回川原の火災で観音堂も類焼し、その後 明治34年1901現在の観音堂が新築されました。

町川原分館

ひとくちメモ3 phrases

境内には観音堂を含め3つのお堂がある。 かなりの数の石仏がみられる。 観音堂の前の扉から覗くと目測50cmほどの観音像が安置されている。 8寸の観音像はその中に安置されているのかもしれない。

下の写真で2つの小堂をそれぞれ「大師堂」「薬師堂」としている。 堂内に安置されているメインの仏像を参考に作者が勝手に名前を付けたもので本来の名は知らない。 の『筑前國続風土記拾遺』には「恵比寿堂」「地蔵堂」があった旨の記載があるが、それとの関連性もわからない。

伊藤氏メモ道向かいには、青柳宿の説明板・宿場復元図が立っています。ご開帳は祇園さまの7月17日とのこと。()

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