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東光山() 医王寺(いおうじ) [醫王禅寺] 曹洞宗

歴史9 phrases

境内の説明碑の内容をそのまま記す。

医王寺の由来

当寺院縁起によれば、養老2年718行基菩薩の創立でご本尊は薬師如来、行基の作と 伝えられ、秘仏として17年毎に開帳法要を行い、このときだけ尊像を拝せらる。

本光山と号し瑠璃光院と称したこともあり開基は宗像大領・宗像秋晴でご子息秋足が 十歳に満たずに若死したことを悲しみ菩提のため建立した。

文安2年1445中興開山芳庭融菊和尚が鞍手郡の丹鳳山 瑞石寺より入寺、 この寺を曹洞宗に改め医王寺と称する。

天正2年1574当寺八世緒庵彰序和尚の代に戸次丹後守鑑連公が立花城主となり、当山を 菩提寺とし、後に剃髪得度し道雪と号する。荘即ち中興開基である。

一時は末寺寺院21ヶ寺に及ぶも、立花氏は柳川に転封され、二代忠茂公の代に 黄檗宗(福厳寺)に転宗し、以後余禄にて当山を護持し末寺の荒廃したもの多く現在 五指を屈するのみである。

江戸時代後期、当邑に大火多く、鎮護のため秋葉三尺坊大権現を奉請し当山に祀る 9月18日を祭日として放生会を行う。

山門兼鐘楼は明治31年1898秋に建立された。本堂は大正13年192410月に改築されたが、 昭和28年19536月26日山津波により一瞬のうちに全壊、このとき当山の資料、寺宝など 貴重なものは多数紛失する。昭和33年1958本堂を再建現在に至る。

ひとくちメモ2 phrases

医王寺は唐津街道の畔町宿-青柳宿の中間地点に伽藍を構えている。 門前はのどかな田園風景である。県道503号線の北側は春3月下旬は田が一面の菜の花畑となる。これは見ものである。 作者は月に2回ほど医王寺の門前を福岡市から北九州市の実家に帰るときに通る。

伊藤氏メモ行基作という本尊の薬師如来は、本HP歴史欄にあるとおり17年毎の開帳ですが、 昨年2013がその開帳年であったので、次回は2030年になるということです。現第32世。()

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