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誕生山聖光院(たんじょうざんしょうこういん)吉祥寺(きっしょうじ)[浄土宗第ニ祖鎮西国師生誕の霊場]★★☆浄土宗

歴史

開山の鎮西國師(聖光上人)は筑後善導寺も開山している。

境内の案内板の内容をそのまま記す。

誕生山聖光院吉祥寺由緒

當山は浄土宗第二祖鎮西國師の霊場である。 開山鎮西國師は香月城主の一族香月則茂の子として應保2年(1162)5月6日 呱々聲をあげたがその喜びもつかの間、母公は其の日果敢なくも此世を去った。

悲母の冥福を弔ふため童子7才にして佛門に入り、24才壽永2年(1183) 比叡山に登り天台を學んだが、後に異母弟三明房の頓死を眼前に見て人生の無常を感じ、 建久8年(1197)法然上人の門に入って浄土を學ぶこと8年、 終に浄土宗第二祖の允可(いんか)を蒙り九州に帰って念仏を弘通した。

そして國師は難産で没した母の冥福を弔うために産家の跡に庵を結ばれたが後、 建保5年(1217)56才の時、當時の香月城主香月七郎則宗が大檀信となって精舎を建立し、 誕生山吉祥寺と號せられた。

本尊腹帯阿弥陀如来は母の冥福と世の婦人のために安産を祈って國師一刀三禮自ら彫刻をされた霊佛である 丹誠のこる処を末代に残し安産守護子育の霊験灼然(あらたか)である。

平成24年(2012)は鎮西國師誕生850年に當る。

毎年4月27日-4月29日には開山忌藤祭りが開催される。 当寺ではお守りなどの他、腹帯(妊婦帯)が頒布されている。

参考:『筑前國続風土記』(本ページ最下部)

ひとくちメモ

吉祥寺は香月の町の小高い丘の上に伽藍を構えている。 本堂前は全面藤棚となっており、4月の末から5月初旬にかけて藤の花で被われる。

その季節には藤祭りが行われ、参道前は延々と出店がでてすごい人出である。

藤の時期は参道沿線に臨時の駐車場ができるが、そこも満杯になるほどの人出である。 その時期の参拝は公共交通機関かタクシー利用がよい。

開山忌藤祭り

開山忌藤祭りは、毎年4月27日〜4月29日に開催される。

秘仏腹帯阿弥陀如来像はこの時にあわせて下記の日時にご開帳される。

4月27日・28日
午前11持、午後2持
4月29日
午前11持、午後2持、午後7持半

参道には多くの出店が立ち並び、本堂前では樹齢160年程の野田藤3本(市の保存樹)が咲き誇る。当寺の藤は花房が長い。 また、白色のものもある。多くの人達が花を愛でる。


安産御腹帯

当寺では本尊「腹帯阿弥陀如来」にちなむ腹帯(はらおび)(妊婦帯)が頒布されている。

昔(1990年頃迄)は「さらし」に朱色の阿弥陀如来像が印刷されたものだったが、現在はベルト式のものに代わっている。 ベルト式のものにも阿弥陀如来像が描かれているかどうかはわからない。

作者の娘が生まれる時に、我が母が当寺からわけていただいたものが、まだ自宅にある。(以上 2021-05-16記)


筑前國続風土記』巻之14 遠賀郡 上の項

○吉祥寺(浄土宗)

香月村にあり。此寺は浄土宗鎮西派の祖、勝光上人[1]誕生の地なり。 勝光上人は香月氏の家臣、古川何某後に須乗と云し者の子也。 名は辨長と云。 始めは天台宗なりしが、京都に入りて法然坊の弟子と成て、下りて 筑後善導寺を開ける。 此吉祥寺も香月氏おとろへし時頽破(たいは)しけるを、文明15年(1483)、 香月七郎大夫興則(おきのり)再興せり。 則勝光上人の木像あり。 叉勝光其母の為に作れる阿弥陀の座像あり。高3尺2寸餘、 むかしは寺領有しとて、阿弥陀免と云田の(あざな)、寺の前なる所に在。 勝光上人は嘉禎4年(1238)寂す。年79。

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脚注

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