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大儀山() 永源寺(えいげんじ) [永源禅寺] 曹洞宗

歴史

境内の案内板の内容をそのまま記載する。

市指定文化財 彫刻木造聖観音立像(もくぞうしょうかんのんりゅうぞう) 附胎内納入木札二枚 昭52.3.22指定

大儀山永源寺の本尊である聖観音像は樟材の一木造り、彫眼の立像である。 制作時期は鎌倉時代と推定されるが、 背部に背刳(せぐり)(仏像の干割れを防ぎ、軽くするため、背中から胎内を刳る) という技法が用いられている点が注目される。 像全体の均整もよく破綻のない造型である。

胎内に納められている木札の墨書銘や光背(こうはい)(光明を現わすもので仏像の背後につけられる)の陰刻銘によって、 本像が元禄11年1698と享和3年1803に修理されていることがわかる。

当寺は曹洞宗に属し、寺伝によると初め金剛寺と称し、大字金剛[1]にあったが、 大永3年1522この地に移った。この時、年号の「大永」を二つに割り、 大儀山永源寺の名をつけたという。

像高:96.5cm、髪際下:86.5cm、面長:9.0cm

北九州市教育委員会

参考:『筑前國續風土記附録』

ひとくちメモ

永源寺は旧長崎街道木屋瀬宿のメインストリートより少し西側に入った所にひっそりと伽藍を構えている。 そのすぐ裏手は遠賀川である。

南側にある山門は、木屋瀬宿の本陣の門を移設したものという。 それとなく風格がある。

『筑前國續風土記付録』巻之27 鞍手郡 下 木屋瀬村の項

永源寺洞家 佛堂5間7間

大儀山と號す。防州大寧寺12世龜津宗鑑といふ僧開基せり。 寛文5年1665より福岡安國寺に属せり。 故有て此寺に長政公の尊像を蔵む。 寺内に愛宕権現社・地蔵堂あり。

『筑前國續風土記拾遺』巻之31 鞍手郡 下 頓野村の項

○観音堂

會下に在。木屋ノ瀬村にある永源寺昔ハ此地に在しと云フ。 又其西に遊行寺址とてあり。今石塔を存す。

脚注

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