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高嶽山() 平等寺(びょうどうじ) [平等禅寺] 黄檗宗

歴史12 phrases

境内の案内板の内容をそのまま記す。

平等寺由来

高嶽山平等寺は、禅宗の一派である「黄檗宗(おうばくしゅう)」の禅寺で、宗祖は中国明末の高僧隠元隆琦禅師である。

大本山は京都府宇治市五ヶ庄にある黄檗山萬福寺である。

御本尊は奈良時代行基菩薩の彫刻と伝えられる観世音菩薩、脇仏は釈迦如来と阿弥陀如来である。

この寺の開創は古く、その歴史は定かではないが、鎌倉時代のはじめ建久5年1194に花尾城主麻生氏が 入国して再建され寺運は盛んとなったが天正15年1587豊臣秀吉の九州平定で麻生氏が滅びて後、 漸次衰微荒廃して小堂を残すのみとなった。

年を経て、宝歴4年1754豊前国広寿山[1]塔頭(たっちゅう)資福庵湛堂禅師は行基菩薩名作の徳を感じて、鳴水村庄屋古海与七とはかり、 堂宇を再建し、広寿開山即非禅師染毫金文扁額「平等寺」を掲げた。

明治初年までは寺運の盛んであったこの寺もその後廃仏毀釈に遭って、 住職の常住しない時代もあったが、檀信徒の方々により護持され、年を追って寺門復興をたどり今日に至っている。

帆柱四国第3番の霊場である当寺の境内裏山には88体余の石仏群が安置され、弘法大師が祀られた大師堂がある。

北九州でもこれ程由緒ある石仏群の安置された寺院は稀であろう。

(後略)

伊藤氏メモ本堂前に位置する小さな赤く綺麗な五重の塔は、総代さんから近年寄進されたものである。()

ひとくちメモ3 phrases

平等寺は河頭山の中腹に伽藍を構えている。本堂横の石段を登ると大師堂・水子地蔵堂・不動明王立像がある広い敷地がある。 この敷地は上の案内板にもあるように多数の石仏がまわりを囲っている。 黄檗宗の寺だけあって一風異国情緒を感じる寺院である。

平等寺の西隣には貴船神社が鎮座している。本殿裏手に小高い場所があり、 『筑前國續風土記付録』の記載通りに、ひっそりと時枝平太夫とその妻の墓所がある。 (下の写真を参照のこと)

なお、平等寺の住所の"鳴水"は"なるみず"と読む。

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