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修多羅山() 安養寺(あんようじ) ★★ 浄土宗

歴史16 phrases

以前はここから東数百メートルの白山1丁目にあったが、若戸大橋建設にともなう拡張工事により昭和37年にこの地に移転したという。

山門脇の案内板の内容を下記に記載する。

安養寺

修多羅山安養寺は永禄元年1558大庭隠岐守景種を開基、 行明大和尚を開山として創建された浄土宗の寺院です。

北九州・若松が生んだ芥川賞作家、故火野葦平が眠る玉井家の墓は、この寺にあります。 葦平は河童を愛したことで有名ですが、高塔山河童封じの地蔵堂は、当寺の飛地仏堂です。

大庭隠岐守景種(おおばおきのかみかげたね)の碑

開基の隠岐守は、高塔山の城主あるいは修多羅の領主と伝えられています。

石碑は昭和10年に再建されたもので、表面の題字は、当時の黒田家当主黒田長茂(ながしげ)の書です。 碑面の種影は正しくは影種です。

三禁(さんきん)の碑

火野葦平の没後、菩提寺安養寺の檀家によって建てられたものです。 碑面には

「言葉さかんなればわざわひ多く 眼鋭くして盲目に似たり (さと)き耳(あに)聾者に及ばんや 不如不語不見不聞」

との本人直筆の言葉と、自ら描いた三猿風の絵が彫られています。

葦平が河童を愛したのは、幼いころに父金五郎から聞かされた妖怪変化の作り話の影響と言われています。

生涯に河童の小説43編と詩13編を発表するほか、多数の色紙も書き、河童文学の代表的作家となっています。

玉井家の墓

葦平の父玉井金五郎が昭和2年8月に建立したもので、 当時早稲田大学の学生であった長男の葦平(本名は勝則、男3人女7人の10人兄弟)の名も刻まれています。

北九州市教育委員会

ひとくちメモ2 phrases

安養寺は高塔山の中腹に伽藍を構えている。 門前からは若松の街並み、その先には洞海湾に架かる若戸大橋を見下ろすことができる。 お寺にたどり着くにはかなりの坂道を登らないと行けない。 (勿論乗用車でも可) 作者はバイクでお参りしたが、周辺の道路は一方通行が多くお寺になかなか辿りつけなかった。

伊藤氏メモ境内にあるカッパ像と三禁の碑に加え、高台部にまで広がる十分に手入れされた和風庭園をぜひご覧ください。()

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