お寺めぐりの友看板

PC版
[更新]

()山の観音堂(やまのかんのんどう)☆☆☆浄土宗

歴史

境内の案内板の内容をそのまま記す。

山の観音堂

この観音堂は、江戸時代の享保年間(1716-1735)穴観音に参詣するのに距離が遠く不便なため、 民家に近いこの場所に建てられたものです。

ここに安置されている千手観音菩薩も同じ時代に造られたもので、 菩薩の胎内には観音像が納められています。 これは元々穴観音内に祭られていたものが海流に流され、長崎県五島玉の浦に漂着し、 そこから送り返されたという謂れのある尊像です。

また、その横に安置してある千手観音像は、 神仏習合の影響を受け、若宮神社において氏神様として祭られていたものです。

穴観音の洞窟にあった大きさ1寸8分(約6cm)の2体の観音像は、現在神宮寺に保管してあり、 観音像を収めた神輿が毎年8月17日にこの観音堂に遷座する伝統行事[1]が今も残されています。

新宮町教育委員会

ひとくちメモ

山の観音堂は新宮町立新宮中学校相島分校の東側の坂を登った所にひっそりと立っている。 境内・堂内ともにきちっと清掃され、地元の方々の信仰心の篤さを感じる。 観音様は2体。その両脇には古仏像が多数安置されている。

筑前國続風土記拾遺』巻之42 表糟屋郡 下 相嶋 神宮寺の項

観音堂(舩原に在)

此佛像昔は島後の厳窟中に在しを、 難所にて老幼の者参詣に悩める故に、此地に堂を建て移せしと云。

関連寺社


周辺のスポット(4km以内)

周辺の寺社・仏教施設の検索は当ページの上部の「4km範囲寺社」のボタンをご利用下さい。


脚注

Top