お寺めぐりの友

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() 若杉奥之院(わかすぎおくのいん) 真言宗

歴史

『筑前國続風土記』巻之18 粕屋郡 表 ○左谷 右谷左谷楊梅大木の項に下記の記事がみられる。

若杉村を右谷と云、 南の村を左谷と云。今は(なまり)佐谷と書。

むかし若杉山太祖権現の社に属せし僧坊左右の谷にあり。 左谷の寺號建正寺、西南院と云。 右谷の寺號、石水寺、東北院といひしかや。 其跡今もあり。 (およそ)300坊ありしとかや。 其跡今もあり。 弘法帰朝の時、此山に登りて秘法を修せし所なり。 今に獨鈷水とて、其址あり。 杉連並(つらなみ)、高鳥居の城を鞍手郡龍徳の城よりかけ持にせし時、 左谷右谷争闘の事ありて干戈を起し、双方せめ合、火を放て焼けるが、 西谷の僧坊一宇も残らず焼失す。(後略)

伊藤氏メモ若杉登山道の終着・太祖上宮の境内から若杉奥之院に下る途中に[はさみ岩]がある。 [はさみ岩]とは、太祖上宮から奥之院に下る道を阻む大岩を、天竺の高僧・善無畏(ぜんむい)三蔵法師が法力を用い、錫杖で裂け目を造って通り道を作ったと伝えられ、[袖すり岩]ともいう。最狭部は30〜40cmの岩の裂け目を鉄鎖を頼りに通り抜けるが、古来より、善人は通れるが悪人は通れないと言い伝えられている。 遍路たちの袖で擦れたためか岩肌はツルツル、足下は深い谷底で実に怖い。奥之院の背後には、善無畏像とその供養塔と伝えられる石塔がある。(Links③ より)()

奥の院の詳しい縁起はわからないが、太祖権現(太祖宮)を中心として栄えたこの地区の山岳信仰の一翼をになってきたのではなかろうか?

毎年10月初旬に柴燈大護摩祈願祭火渡りが厳修される。祭礼の場所は参道口のある若杉観音堂の駐車場である。ご注意ください。

ひとくちメモ

まず、この場所周辺の地形をご覧ください(上のMAPボタンを押下して左上の「地図」をクリック。「地形」をクリック。マウスホイールを手前に回転)。若杉山の南側絶壁の真上にこの地があることがわかる。 よくもまあ、このような恐ろしい所に行ったものだ(作者は高所恐怖症)。境内からは木々に囲まれこの前壁のイメージがつかめない。

作者は、若杉観音堂の遥拝所の裏手より上り、太祖宮(写真はこちら)→奥の院の順に参拝した。 境内は諸堂・諸仏の盛りだくさん。 下の写真はその順番に並べています。

太祖宮(上宮)

社殿は近年改装されたようで真新しい。 拝殿正面の鳥居の下には急な石段が下手に向かって延々と続いている。 今はほとんど使われていないようだ。 参拝者は鳥居の反対側の入口から境内に入る。


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