お寺めぐりの友

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徳鳳山崇月院() 泉蔵寺(せんぞうじ) 浄土宗

歴史5 phrases

本堂脇の案内板の内容をそのまま記す。

大内盛見公(おおうちもりはるこう)の墓寺の庫裏の裏側にあります

(左京大夫従四位上、周防・長門・豊前・筑後守護)

永享2年1430、三国の守護及び筑前国料国代官であった盛見公は、 所領問題から大友氏との対立を深めます。 大友氏は、少弐(しょうに)・菊池氏と共に対抗し、翌3年6月28日に、盛見公は深江(現ニ丈町)で戦死しました。 家臣の杉孫右衛門が盛見公の首を持ち帰り、この地の泉で洗い、一宇を建立しました。

盛見公の法名を崇月院殿ニ品大先徳鳳大居士であることから、徳鳳山崇月院泉蔵寺と号します。

粕屋町教育委員会 粕屋町文化財保護委員会

ひとくちメモ3 phrases

泉蔵寺の裏手には、須恵川が流れ、東側には宝満山をはじめとする山々を眺めることができる。 山門の形は変わった形をしている。

境内には百人塚があり、案内板によれば享保17年1733の大飢饉でこの酒殿村の中の若者193名の犠牲者を出しその供養の為に建立されたという。 上の大内盛見の墓碑は作者の準備不足で拝むことは出来なかった。

伊藤氏メモ一風変わった形の山門には仏舎利が入れられているとのこと。現本堂は一昨年2012年の建立。現第31世()

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