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白雲山安松院() 清光寺(せいこうじ) [地蔵尊] 浄土宗

歴史

伊藤氏から開基500年に際しとりまとめられた寺歴の冊子の要旨をまとめたものを送って頂きました。 下に掲載します。

■ 白雲山 安松院 清光寺

[沿革]

清光寺の歴史は、永正10年1513、安松良盛入道(乗誉安三良盛居士)により開基(創建)されたことに始まる。 境内にある安松一門の墓には[天文九庚子天1540乗誉安三良盛居士霊位 九月弐一日]と刻まれた天然石の墓標がある。 また、一説には、天文1532-1555の頃、安松弥兵衛という人が創建、あるいは寺運が傾いたときに復興を計ったとも伝えられている。 開基が安松良盛入道であるため、姓を寺の院号として[白雲山安松院清光寺]と称する。

開山は行明観阿弥である。行明観阿弥は、大分県日田郡森郷の人であり、筑後の井上山善導寺(現在の大本山)18代証誉文龍上人の直弟である。 行明観阿弥は清光寺を訪れ、永禄2年1559その地に仏殿を建立して、浄土の教えを広めた。 行明観阿弥の出身地である日田郡は、当時大友氏の支配下にあり、安松氏は大友氏の重臣であった。 また、以前に安松氏が戦功により日田領を治めていたこともあり、安松氏と行明観阿弥は、何らかの関係があったのではないかと推察される。

清光寺は、はじめ現在の粕屋町酒殿の地に建立され、その後、現在地である甲仲原に移転されたと伝えられている。 また、江戸時代には、いくつかの寺を合併したようである。 清光寺第9世歓徹上人は、正保元年1644須恵村乙植木の林松庵に隠居したとある。 現在は、林松寺として安松氏の子孫が住職を務めている。

第24世大成上人は、安松氏の子孫であり、明治17年、志免田富の西福寺より清光寺に入山した。 明治21年、大分村(現在の嘉穂郡)八幡宮社僧寺に明治維新より安置していた福岡藩源光院の阿弥陀三尊(清光寺位牌堂阿弥陀仏と本堂観音勢至両菩薩)を清光寺に移転した。 第27世義道上人は、戦時中の昭和17年、志免海軍炭鉱が盛んな頃、須恵旅石に須恵教会を建立した。 須恵教会(別院と呼ばれる)も安松氏の血を引く者が住職である。 安松良盛入道により開基された清光寺は、第24世から第28世の現在まで、 100年以上安松氏の子孫が住職を受け継いでいる(第27世より姓は本原と変わった)。

[二つの末寺]

末寺であった密蔵院(現在は天台宗)は、 真光山と号し寛永6年1629、今泉甚左衛門が建立した。 開山は、清光寺第6世の直弟、善応比丘平僧(太誉美応)である。 現在は無住となり地蔵堂を残すのみとなっているが、甲仲原中通り組合により管理運営され、夏の地蔵祭りは今でも賑わっている。 また、清光寺北側隣地(現在は、清光寺駐車場)には、同じく末寺の宝泉寺があった。

[安松一門]

安松氏の祖先は、藤原鎌足公614-669の一族であり、天智天皇625-672のときには宮中を守る武士として活躍した。 昔は、姓を[花代(はなよ)]と称し、和泉の国日根郡安松村(現在の大阪府泉佐野市)に居を構えていた。 後に、花代左衛門家房という人が、糟屋郡仲原村十原に邸宅を構え、姓を安松に改めた。

鎌倉時代、大友能直が源頼朝の台命で九州に下向し、豊後・筑後守護職及び鎮西奉行職に輔任された。その際、安松氏も付き従い 豊後国に下向した。その後、安松氏は大友氏に代々仕え、戦功により日田郡を治めた時代もあった。

室町時代、幾多の争いが続き、糟屋郡仲原の地も激しい戦場となった。そのような戦乱の時代に、安松家は武士を続ける者もいたが、 農に変わり現在の糟屋郡仲原に住み、仏門に帰依し清光寺を建立した。 江戸時代以降も安松家は血脈連綿と続き今日に至っている。

ひとくちメモ

清光寺は、おそらくこの地区最大級の規模を誇る浄土宗寺院ではなかろうか? 本堂の大きさもかなりのものである。 境内にはカエルの石像を従えた地蔵堂がある。 伽藍は近年改装されたようですべてが真新しい。 また、山門から眺める南東側の山並の景色もなかなかのものである。

清光寺のすぐ東側には毘沙門堂がある。

伊藤氏メモ山門、中門、地蔵堂、納骨堂、古井戸、本堂脇の墓などがコンパクトにまとまり、 本堂も自由に上がれ駐車場も広く、景色も良好と、参拝者には全くもってありがたいお寺です。 .来月5月10日には開山500年の法要を営まれるとの由。 現本堂は昭和8年の竣工。また、本HP歴史欄に天文の頃、安松弥兵衛の開基とありますが、 本堂右脇にはその安松一門の墓所があります(天文9年の銘の入った石碑もあり)。現第28世。()

伊藤氏メモ清光寺(粕屋町)から、開基500年に際しとりまとめられました寺歴の冊子をいただきましたので、 その要旨をお送りします。本HPの付加情報としていただければ幸いです。()

送って頂いた要旨は上の歴史の項に記載させていただきました。感謝感謝。(作者)

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