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得度山(とくどさん)切幡寺(きりはたじ)★☆☆高野山真言宗  FACEBOOK

歴史

伊藤氏メモ切幡寺は篠栗10番札所の守堂者となった尼僧・恵良(えりょう)によって開創された。恵良尼は、俗名をワカコと言い絶世の美女とうたわれていた。博多で芸者として虚飾の暮らしをするうちに青年医師との恋に落ち、かなわぬ恋のゆくすえ心中をはかるが、ワカコだけが命を取り留めた。傷心のワカコは青年医師の追慕供養のために寺を訪ね、そのときに触れた説法によって発心し出家得度を受け、名を恵良と改めた。苦行の末、10番札所の堂主となり己を戒め仏道一筋に苦修練行。40余年の浄財で堂宇を建立、寺門を開き当山を開創し、修行祈祷の道場とした。以来、多くの信仰者を導き厳しい仏道を全うして生涯を終えた。現第4世。  (「当寺HP」より)()

伊藤氏メモ昭和45年(1970)に88歳で遷化した恵良尼の晩年の念願は高野山の奥の院の[貧者の一灯]の灯を自坊に点ずることであった。第2世住職は高野山に出仕して分灯を奉じて戻り、恵良尼の願いを叶えたという。その灯は今も本堂に隣接する持仏堂の恵良尼像の前で灯され続けている。昭和62年(1987)に建立された現本堂の建築資材の材木は高野杉を切り出して運んできたものという。本堂内中央の本尊千手観世音菩薩は、徳島県阿波市の得度山切幡寺から勧請したものである。本堂内左手のやや異風の金ピカの仏像は、タイ国ワット・パクナム寺院から仏舎利と共に贈られた釈迦如来像である。(『新 篠栗八十八ケ所霊場めぐり』より)()

ひとくちメモ

大自然の中のお寺。仏舎利塔は本堂に向かって左奥の通路より登り、ちょうど本堂真裏の高台にある。 遠くから見ても目立たない。お見逃しなきよう。

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