お寺めぐりの友

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() 伊賀薬師堂(いがやくしどう) [東円寺跡] 不詳

歴史6 phrases

伊藤氏から案内板の内容を送っていただいた。

薬師堂

延暦24年805に、天台宗の開祖である最澄は唐から帰国して、 独鈷寺(現:新宮町)を開き、 薬師如来像2躯を彫刻。1躯は独鈷寺に安置、もう1躯を当地に寺を建立して祀った。これが、 瑠璃山東円寺の始まりとされている。 開基当時の東円寺は広大で、諸堂・僧坊を備えた大伽藍であったようである。

天正14年1586に島津軍が立花山城を攻めたときに兵火にかかり焼失したが、幸い本尊は無事であったため、 その後、戸原村の大庄屋であった長徳右衛門(JR伊賀駅の傍に徳右衛門の記念碑あり)が本堂を、 その息子の半七が薬師如来像と十二神将の修復を行った。また、享保の飢饉などによって再び荒廃の危機に陥ったときは、 同じく庄屋の長卯平によって本堂が再建された。 現在の薬師堂は平成20年に建て替えられたが、長卯平の当時の意匠が引き継がれている。

大般若経六百巻収蔵蔵

天正14年1586の立花山城の戦の際、島津軍の兵火により、 当東円寺と蒲田の弥勒寺などは焼失した。 その再建に際し、京都の桂山院宗甫が大般若経を東円寺と弥勒寺にそれぞれ三百巻を奉納した。 弥勒寺の三百巻は部木八幡宮に所蔵されていたものを、東円寺がもらいうけ、 地蔵堂の中を借りてここに全六百巻が所蔵されている。

ひとくちメモ3 phrases

門前には多々良川が流れ、その先には霊場篠栗の山々を見渡すことができる。 境内には薬師堂をはじめ、推定樹齢450年の大クス観音堂梵字板碑一石一字経供養塔大般若経六百巻収蔵庫阿弥陀三尊梵字板碑などが見られる。 特に梵字板碑(元亨3年1323銘)と一石一字経供養塔(元文3年1738銘)は保存状態良好である。 一見すると外観は神社のように見える。

日曜日に初めて参拝したが、あいにく薬師堂は施錠されており、 堂内に安置されているという薬師如来像十二神将像は拝むことはできなかった。 残念。 伊藤氏の情報によると「日曜日と地域行事の日に開扉」とあるが、 梅雨時の雨上がりであり、湿気の関係で開扉されていなかったのではなかろうか?

伊藤氏メモ東円寺跡という当薬師堂敷地には、薬師堂、大般若経六百巻収蔵庫、奉書写大乗妙典一石一字経供養塔、 阿弥陀三尊梵字板碑などがあり、またそれぞれに詳しく案内表示がされてます。 薬師堂は、日曜日と地域行事の日に開扉され、薬師如来像と十二神将像が目前で見ることができます。 その他、町指定文化財となっている天然記念物のクスノキや相撲土俵などもあり、狭いながらも見どころ満載の場所です。 なお、境内北東側の観音堂は糟屋郡中33箇所観音霊場の第27番。()