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() 法喜庵(ほうきあん) [大師堂] 臨済宗妙心寺派

歴史

大師堂前の御影石製の石碑の内容を下に記す。

大師堂碑

明治9年堺宗平が1本の杉材にて建立し、釈迦牟尼仏 十三佛 弘法大師の3体を安置して、博多聖福寺第127世愚渓和尚大禅師開山し、萬屋本家の守護本尊となす。 昭和55年、糟屋郡北部新四国第8番札所となる。 昭和61年4月8日、萬屋本家第7代堺萬七保存登記。

世話人 萬屋分家第2代 堺 七次
湊区長 船越和吉

Linksのページによれば、このお堂を「法喜庵」としている。 ところが上の石碑の記述では「大師堂」となっている。 お堂に向かって左手に大きな墓碑があり、その主の戒名と思しき文字が刻まれている。 「法喜庵禅道宗悦居士」。この方がこのお堂の創建に多大な貢献をされた方と思われる(創建者の堺宗平氏かもしれない)。 この法名の一部をとって「法喜庵」と呼ばれているのであろう。

ひとくちメモ

大師堂は扉が閉ざされていた。 扉の隙間から内部を覗くと石碑のとおり、釈迦如来像・弘法大師像・十三仏が安置されている。 釈迦如来像の前には開山の愚渓和尚の位牌が安置されている。 大師堂の周りは墓地となっている。

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