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天嶽山() 長栄寺(ちょうえいじ) [長榮寺] 浄土宗

歴史7 phrases

本堂脇の案内板の内容を下に記す。

浄土宗 天嶽山長榮寺 沿革

當寺は、往古 鷹峰(現在の宮地嶽)[1]に於て開基せられ 若王院(じゃくおういん)と号した。

然るに応和3年963神在(かみあり)村に移り法蔵寺(ほうぞうじ)と改称、 開基の祖は蜜宗(みっしゅう)(真言宗)の僧 権大僧都(ごんだいそうず) 嶽雄法印(がくゆうほういん)である。

その後、天文13年1543雷山蜜宗の僧順長法印(じゅんちょうほういん)が来住した。

応和から貞享に至る720余年を経て火災に遭い荒廃したが、 江戸時代の初め邑長 藤瀬治部利久は衆檀と相議り、 博多一行寺応譽上人(おうよしょうにん)につき檀約を結び、 品譽休祖上人(ほんよゆうそしょうにん)を開山として浄土宗に改宗した。

神在が唐津藩領(城主、寺澤兵庫守)であった寛永7年1630唐津浄泰寺の末寺となり、 名を長榮寺と改めた。 爾来、歴代法燈護持継承し現在に至っている。

平成19年3月吉日 本堂落成記念
寄贈 松末 松崎秀典 訳
當山25世 誠譽 代

ひとくちメモ2 phrases

長栄寺はJR筑肥線 加布里(か ふ り)駅西側の山の東側斜面に伽藍を構えている。 山門脇には薬師堂がある。薬師堂前には台座に宝永7年1710の銘の地蔵尊がある。 境内からは、加布里の街並を見渡すことができる。

伊藤氏メモ境内のベンチにゆっくり座って、目前にある鐘楼台とともにその背後の竹林を眺める風情は、京都の奥院にでも来たのかと思わんばかりでした。現本堂は平成18年末の建立。現第25世。()

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