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八石山(はっせきざん)正入寺(しょうにゅうじ)☆☆☆浄土真宗本願寺派

歴史

伊藤氏メモ天禄3年972、空無法印が創建。 当初は真言宗で八石山正入寺と称し、また天徳庵の称号もあった[1]。 真言宗時代の世数・住職名は不詳である。

天文9年1540、真宗に改め本願寺に属した。 その後7世を経て佛光寺派に転じたが、さらにその後3世を経て本願寺派に帰参し、天保2年1831本願寺兼帯所(別院)に昇格した。

明治9年1876、義端住職のとき鳥飼八幡宮(福岡市中央区今川)の鐘楼を譲り受けた。 義端住職は学徳があり仏教界に功労が多かった。また、寺門を興した。

第5世の天瑞住職は肥前松浦郡岸嶽の城主・波多三河守の庶流(分家、別家)が出家した者であるという。本尊阿弥陀如来木像慈覚大師が唐から帰朝の際に刻んだ名作である。(以上、『糸島郡誌』より要約)

創建以来この地にあり、現第19世。現本堂は昭和3年1928の新築で、以前の本堂は現在庫裏となっている。現本堂は、この界隈では最も大きなもののようである。

この地・加布里に「8つの石」の言い伝えがあり、当寺の山号八石山はこれにちなんだものである。 その8つのうちの1つが本堂右奥側にある平坦な石である。本堂裏手にも、もう1つの石がある。本堂裏手はツツジが美しい。()

ひとくちメモ

正入寺は[加布里漁港]の漁師町の中に伽藍を構えている。 門前の街並みは漁師町らしく道が入り組んでいる。

本堂脇には、「勧學教英和尚之碑」が立っている。 当寺の運営に貢献された方のものであろう。 境内からは、可也山も眺めることができる。 (北隣の加布里漁港からは、船越湾に浮かぶ可也山を望むことができる。 [下写真]を参照のこと。)

(彼岸の中日の前日)、山門に札がかけられており、 「彼岸法要(中略)どなたでもお詣りください。」の表示。 お寺めぐりの者としては嬉しいお寺の気配りである。

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脚注

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