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誓願山大音院() 正覚寺(しょうがくじ) 浄土宗

歴史

本堂脇の案内板の内容をそのまま記す。

誓願山正覚寺沿革

本寺院はもと真言宗に属し、元享年間1321二條城主深江氏の菩提所として宮小路古寺に開基されたが 永享3年1431大内・草野両氏の戦火に全焼、 幸にご本尊は無事であり、その後の厄災にも護持避難するを得て今に御尊影を仰ぐことができる。

後に摂津の人、定誉上人が天正7年1579現在地に再建して浄土宗に改め開山となり、誓願山大音院正覚寺と称す。 2世高誉上人の代藩主寺澤志摩守は100間四方の境内及び石垣を寄進され、 9世潮誉上人の代には梵鐘も鋳造せられ面目も一新していたが文化4年1807新町火事に遭い元禄門(現在の側門)と 御本尊を残すのみであった。 17世賢誉上人が文化11年1814再建したものが現在の本堂である。 18世常誉上人山門建設の時、華頂宮一品尊超法親王御染筆の誓願山の額を賜り、現在本堂内正面に掲げてある。

寺宝

本尊阿弥陀仏立像 伝弘法大師霊夢感得の作
 千手千眼観世音菩薩像 栂尾明慧上人一刀三礼の作
 釋迦如来轉法處の額 聖徳太子御親筆の大阪四天王寺西門の額を摺写したもの

(以下略)

ひとくちメモ

正覚寺は旧唐津街道 深江宿の北側入口付近に伽藍を構えている。

本堂の扁額はユニークなものとなっている。山門もどっしりとした建築となっている。 鎮守堂はその中にまた建物があり、その中を覗くことはできない。建物自体はかなりの年代ものである。 青蓮華の畑は本堂に向って右手の庫裏前にある。純白の花をつける。(名は蓮華。これいかに?) 見頃は7月上旬-8月中旬か?お見逃しなく。

付近には深江港・海水浴場などもあり観光もできる場所である。

伊藤氏メモ本ページ歴史欄「誓願山正覚寺沿革」にある、現在地移転前の宮小路古寺の地は、現JR筑前深江駅の所。

同じく「誓願山正覚寺沿革」「写真」にある、尊超法親王御染筆の現本堂の扁額は、聖徳太子ご親筆の、大阪四天王寺の石鳥居(神仏習合時代の名残の鳥居)の扁額を模写したものである。昔は、当寺のこの前あたりを通るときは、誰もが下馬して通ったという。

庫裏の玄関上がり口の衝立には、葵の御紋及び菊の御紋の打敷が貼られ飾られている。現第25世。

ご接待のお茶とともに出していただきました「紫イモきんとん」、ひじょうに美味でした。ありがとうございました。()

青蓮華

二丈町誌(平成版)』によれば、この蓮は インド僧から中国江西省廬山東林寺[1]へ、 次いで応長元年1311留学僧であった澄円大師が種子を拝受し、 堺の大阿弥陀経寺[2]に持ち帰った。 その後、宮島の光明院に伝わり、さらに文政5年1822山口県西圓寺で開花したという。 同種存続の為、北九州市の吉祥寺とこの正覚寺にも分植されたという。

脚注

関連寺院

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