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() 白糸観音堂(しらいとかんのんどう) [熊野神社・大用山小蔵寺跡] 真言宗

歴史

ここより2kmほど登った所にある白糸滝観音 小蔵寺は、少なくとも『筑前国続風土記』の書かれた元禄期1688-1704までは、この付近にあったようである。 本殿右手には観音堂(建物は近年建築(改築?)されたもの)がある。

背振山系の山岳霊場遺跡』資料集によれば、その観音堂には室町時代の制作と思われる一対一具の木造観世音菩薩立像と木造勢至菩薩、木造如来形立像、江戸時代の阿弥陀如来坐像などが安置されているという。

呼称「白糸観音堂」は作者が仮称しているもので、正式名称がわかれば訂正します。

ひとくちメモ

観音堂は熊野神社境内にある。神社社殿に向かって右手である。 観音堂の裏手には石塔・石仏群と墓標群がみられる。 観音堂は扉が閉ざされており、堂内を拝むことはできなかった。残念。

周辺は白糸地区の小集落となっている。自然豊かな地域である。

筑前国続風土記』巻之22 怡土郡・公領・唐津領

○小倉山

小倉村の上に在。石徑廿町上れば、小倉迚小なる村有。又熊野三所権現の社有。龍樹権現も相殿に祭れり。 十一月十八日祭禮あり。女人の参詣を免さず。社家者の説には、神功皇后の勧請し給ひし霊地なりと云。

其辺に寺地有。聖武天皇の勅願として、清賀上人創立し 小蔵寺と号す。 社の下に、古佛の観音堂有。 足利尊氏、其外國主領主の願書寄進状など甚多し。 然れ共雨に朽ち、蟲にはまれて、(たしか)にみえす。 惜しむへき事なり。 昔は寺院僧坊も多かりしとかや。今はわつかに小社及観音堂一宇のみ残れり。 これも怡土群七箇寺の内なり。

『糸島郡誌』長糸村 第8章 寺社(p677)

○小蔵の観音堂

前田[1]にあり。怡土七ヶ寺の一なりし大用山小蔵寺(叉小倉寺)の址なり。 十一面観世音は清賀作にして、清賀開基に係る聖武天皇勅願所なりき。 岩蔵坊上尾敷坊他4坊ありて繁栄を極めし由なるも、今坊名宅地名となりて残れるのみ。 國続風土記太宰管内誌筑陽記等勅書及頼朝尊氏の寄進状ある由記せども現存せず。

脚注

関連寺院

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