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浮嶽() 久安寺址(きわじあと) [浮嶽神社] 真言宗

歴史

久安寺址は浮嶽神社の境内に伽藍を構えていた。その歴史については浮嶽神社境内の案内板の内容をそのまま掲載する。

久安寺址 浮岳神社内

怡土七ヶ寺で、浮岳神社の神宮寺らしく属寺十坊をもつ 寺院であった。天正時代豊臣秀吉に社領没収、久安寺は焼かれ 、再建もなく部落の地名としてのこる。

重要文化財 久安寺仏像

背振三系の山岳霊場遺跡資料集によれば、 属坊は十坊(院主坊、清水坊、浄至坊、奥坊、正桂坊、大門坊、寺司、正覚坊、杖立坊、道真坊)あり、 久安寺址の西南にそびえる十坊山(とんぼやま)(標高535m)では秀吉に反抗した十坊の坊主が処刑された場所と伝えられている。 現在、浮嶽神社の宮司宅が清水坊と名乗っているだけであるという。

仏像が安置されていると思われる建物横の案内板によれば、次のとおりである。 久安寺は聖武天皇の勅願により、清賀上人(せいがしょうにん)が建立。 安置されていた仏像は九州では最も古い仏像群であった。 現存する3体は、明治時代の神仏分離政策による廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の為いずれも手首などが無くなっている。 技法は三体とも一木(いちぼく)造りであり国指定重要文化財とのことである。

参考資料:『筑前國続風土記

ひとくちメモ

久安寺はJR福吉駅近くより佐賀福岡県道143号線を南に登ったところに伽藍を構えていた。行く途中には、まむしの湯もある。 寺名は「きゅうあんじ」とも読んで良いようである。

伊藤氏メモ本堂右手の滝の落水音が静かな境内に響く趣です。 本HPの写真にあるように、恵比寿天と大黒天が対をなして鎮座しているのも珍しいものです。()

『筑前國続風土記』巻之二十二

浮嶽(うきだけ)久安寺(きわじ)

吉井村の境内浮岳(うきだけ)に其址有。此寺は昔怡土郡七箇寺の一也。 今は寺なし。

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