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歓喜山() 桂木寺(けいぼくじ) [桂木禅寺] 曹洞宗

歴史

筑前國續風土記付録』巻之45 志摩郡 下 泊村の項に下記の記事がみられる。

桂木寺タカニ 禪曹洞 佛堂2間半6間

観喜山と號す。福岡金龍寺に属す。 開山を玉庵金和尚といふ。 時代詳ならす。 中頃廃せしを天正18年15908月高祖村金龍寺8世本室智源といふ僧再興せり。 寺内に観音堂・地蔵石佛あり。

本堂に向かって右手奥に大日堂がある。 安置されている大日如来は高さ6尺5寸(≒2m、後光台座共)清賀作という。 糸島東部八十八ヶ所霊場第50番となっている。

この大日如来は、元は大祖山大日寺の本尊。「怡土志摩五佛」の一つ。 大日寺は同じ泊村にあったが明治・大正期も近隣住民不在の為、大正13年9月にここに移された。 『糸島郡誌』 によれば、大日寺は元は芥屋の大祖神社の神宮寺であったようである(建治寺も同様)。 建治年中1275-1277、大日寺はここ泊村に移された。

桂木寺の門前の道を東に200m程進むと、民家風の建物の扉に「高野山真言宗 太祖山大日寺」と表記された看板が掲げられている。 ここが、芥屋から移転してきた大日寺の跡と思われる。

参考:『筑前國続風土記』『筑前國続風土記拾遺』

ひとくちメモ

桂木寺は糸島半島のほぼ中央の田園地帯に伽藍を構えている。 境内のしだれ桜は見事である。かなりの古木と見えて、樹木医の手当てを受けている。

大日堂内にある額に祀られている大日如来の縁起が記述されている。 大日如来像は厨子に入っておられる。法界定印を結んだ木造胎蔵界大日如来。 大日如来像の両脇には三十三観音が安置されている。 地蔵堂内には石造地蔵菩薩が5体ほど安置されている。

筑前國続風土記』巻之23 志摩郡の項

○大日寺

大祖山と號す。 泊村に在。 今は寺はなくて、大日堂のみ残れり。 相傅へて云、天慶4年941、釈光勝空也上人(ここ)に来て創立せりとぞ。 大日像大きなる佛體也。 怡土志摩五佛の一也。五佛の事前に記す。

此大日寺の傍に、鉢たたき數十人居らしむ。 是空也上人所化の遠孫也と云。 今其名をすべて大日と云。 當昔は専九品の念佛を修せしが、今は唯歌舞を(もって)其業とし、 四方に遊行して、淫靡の音楽をなし、俗を悦ばしめ、人に(もら)ふ。 又傀儡の舞をもなさしむ。 是國中にては蘆屋 植木の念佛、聖福寺寺中などいへる類也。

正月28日、9月28日、大日祭有。霜月13日空也祭をなす。

筑前國続風土記拾遺』巻之50 志摩郡 下 泊村の項

桂木寺

本村高江に在。観喜山と号す。禪宗洞家福岡金龍寺末なり。 開山の僧を玉庵金和尚と云。 時代詳ならす。 かくて中世廃絶せしを怡土郡高祖村金龍寺8世本室智源といふ僧再興せり。 此時(まで)ハ属村桂木にあり。 天和7年1687本村内寺屋敷に移し安永5年1776又今の地に(うつ)せり。 寺内に観音堂地蔵石佛有。

大日寺址

村の南寺中町に在。 大日堂一宇のこれり。 佛像長6尺5寸後光臺座共清賀作なりと云。 毎年28日佛祭あり。 又11月15日昔ハ13日空也祭有。本編に詳なり。但9月28日大日祭今はなり。 俳優者ここに在て此堂をも守る。

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