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龍江山() 法正寺(ほうしょうじ) 浄土真宗本願寺派

歴史

筑前國続風土記拾遺』巻之50 志摩郡 下 久我村の項に下記の記載がある。

法正寺

浦内に在。 真宗西本願寺直参也。 寛永12年1635寺号木佛を許さる。 此寺初は今津に在りしを中頃舟越浦殿屋敷に轉し後に此浦に移せリと云。

寺に釈迦像栴檀(せんだん)1軀有。古佛也。 又古鏡1面徑2寸8分有。 共に原田家より傅へたりといふ。 境内に毘沙門堂有。

伊藤氏メモ『糸島郡誌』によれば、元々今津にあった際には真言宗であったが、移転の際に改宗したとのこと。また、開基を了清(俗称:原田民部少輔政種)といい、天正16年1588の創建という。 現本堂は内部改装はしているが、300年以上にもなるものとのこと。現第16世。()

Links② によれば、政種たち一族は戦国武将の家柄。主君は転々としたが、最後は高祖城主の原田氏であった。天正15年1587豊臣秀吉が大軍を率いて九州入りしたため、原田氏は戦わずして高祖城を明け渡してしまった。 この頃、政種が武家を捨てて、隠遁し法正寺を開基したとされる。 海賊から船越浦の人々を死を賭して守った源蔵(法名:善應)の悲話(伝説)が残っている。

了清は善應のために船越の浦に地蔵(善應庵)と善應地蔵を建てて供養したという。

ひとくちメモ

門前の街並みは漁師町らしく狭い道が入り組んでいる。 境内には立派な藤棚がある。

寺の西側には「船越のカキ」というブランドで牡蠣を売り出している。 寺の裏手には「海軍航空隊玄海基地跡」がある。

地名の「久家」は「くが」と読む。

伊藤氏メモ引津湾からの海の香りが漂ってくるお寺です。引津保育園を併設。()

船越のカキ

大体10月末から翌年3月くらいまでの季節限定。牡蠣小屋が軒を連ねる。 旬の牡蠣ほか、サザエ、その他魚介類を堪能できる。 普段は静かな漁師町だが、この時期だけは牡蠣を目当ての車が殺到する。 町の中の道は生活道路。気配りお忘れなく。

波静かな船越湾岸では、ここ船越に限らず、福吉・加布里・岐志などで牡蠣がメインの小屋が立つ。(参考:カキ小屋 – 糸島漁業協同組合)

ちなみに、当船越漁港周辺の波止では一年を通して海釣りも楽しめる。


海軍航空隊玄海基地跡

この大きな白いドーム型の建物は第634海軍航空隊の本部の跡地に建てられた記念の建物のようだ。

船越湾を水上飛行機の離着水路として、本部[1]周辺及び久家・香月の両地区に主要施設を配置すると共に、集落の民家、お寺等の施設を付帯施設・宿舎としていた。さらに、対岸の松末、引津湾岸の岐志・新町から小学校、東貝塚、さらに小富士海軍航空隊に弾薬庫を置くなど広範囲におよんだ。 終戦間近の時期の本土決戦に備えての基地であったようだ。(案内板より)


関連寺院


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脚注

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