『怡土志摩地理全誌1.怡土編』の福井村の項によれば、 唐津龍源寺末。至徳元年(1384)法充が開基という。
本堂脇の案内板の内容をそのまま記す。
大法寺 薬師如来立像(DAIHOUJI YAKUSJINYORAI-RYUZO)[1]
全身に茶褐色の色彩が施された薬師如来像である。 網目状に作る頭部の形態は、平安時代中期の特徴を色濃く残しているが、 彫りの浅い衣文や体の奥行きがない事などより、 本像の製作年代は平安時代(794-1192)後期に下るものと考えられている。 また、目元の切れ上がった独特の表情などは、筑前地方の仏像というよりも佐賀県相知町医王寺の薬師像に似ており、 当地と松浦沿岸との地理的関連性も窺われる。
像高154.8cm。平安時代後期。県指定。
寺院開基 至徳元年(1384)3月
伊藤氏メモ糸島郡誌に次のとおりあり。()
薬師如来の像は養老5年(721)行基一刀三礼の作と云ふ。 蓮華座の下に銘あり。脇侍仏日光 月光菩薩。十二神。宮殿木尊釈迦牟尼如来等あり。
寺は糸島市福井の里の山裾の高台の石垣の上にある。 門前は豊かな田園地帯である。 その先はかもめロード、旧唐津街道(国道202号線)が走り、さらにその先は唐津湾である。
旧唐津街道の脇には番所跡があり、 その脇の地蔵尊内の台座の拓本に大法寺の7代和尚の記載が見られる。
大法寺から少し下った国道202号線のそばには「福ふくの里」があり、地元の新鮮な野菜・魚介類などを買い求めることができる。
に旧唐津街道を探索中に偶然、大法寺を見つけ、即お参り・取材となった。 寺内には薬師如来立像があるようであるが、アポも取らずのお参りの為拝むことができなかった。 ちょうど本堂左に建物が建設中であり、その建物が完成した頃に再度お参りに行こうと思う。
伊藤氏メモ本堂内、本尊の左側にこの薬師如来立像、日光菩薩、月光菩薩、十二神将がおられました。 特に薬師如来は年代を感じさせるすばらしいもので、 九州国立博物館で展示されたことがあるということです(福岡県重文指定)。 平成2年の火災により、現本堂は建替え。現第26世。()
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