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萬松山() 晴雲寺(せいうんじ) [晴雲禅寺] 曹洞宗

歴史3 phrases

筑前國続風土記』巻之12 嘉麻郡 ○鯰田(なまづだ)の項をそのまま引用する。

此村は大河[1]の東側にありて舟付なり。 運漕(うんさう)の便よし。 此邊は長政公の時より家臣野村隼人祐直[2]給はり、 代代領せり。 晴雲寺とて曹洞宗の禪寺あり。 萬松山と號す。 是祐直を葬りし寺也。祐直が墓は晴雲寺のほとり、岡の上にあり。 今も野村氏より寺産を施せり。

お茶の理論書『南方録』の著者としても有名な立花実山の最初に埋葬された寺とも言われている。(天徳山 浄善寺を参照のこと。)

ひとくちメモ4 phrases

晴雲寺は鯰田の住宅街のはずれの石垣の上に伽藍を構えている。 本堂に向って左側の小高い場所は墓地となっており、 かなり古い巨大な墓標が安置されている。その墓所には「古戦場勇士亡魂諸霊」の墓標がある。

お参りしたのが11月中旬で、イチョウの黄色が印象的であった。また、楠もかなりの樹齢のものがある。

伊藤氏メモ30段ほどの参道石段に石垣の構え。 歴史を感じる山門には当観無常の扁額。森を背にした古く大きな本堂。 本尊仏はにぶい黒光り。古式豊かさを感じずにはいられないお寺です。 本堂は明治42年の再建。

なお、このあたりは昔、平家の落人が暮らしていた所で、今もその子孫がいるという。 参道の石段を下って右へ出て、三つ角をすぐ右へ曲って白いガードレールに沿って150mほど先。 200号線バイパスの上を過ぎたあたりの道沿いに、黒田二十四騎の一人野村太郎兵衛祐勝の子である、野村隼人祐直の墓があります。 野村隼人祐直は野村大学と称し、黒田官兵衛・長政・忠之の三代に仕えた武将で、筑前鯰田城を賜り、この地で生涯を終えています(墓所の説明板より)。 ()

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