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放光山(ほうこうざん) 西蓮寺(さいれんじ) 浄土真宗本願寺派  FACEBOOK

歴史

伊藤氏メモ当寺は、室町時代に創建された天台宗の薬師寺という寺院が基になったと言われている。

戦国時代にその薬師寺は破却されたため、ある僧が小さな草庵を結んで再興を目指していた。ある晩、本尊薬師如来の眉間の白毫(びゃくごう)から一筋の光が放たれ、北東の方角を指した。この僧は、その光に導かれて北東に位置する京都に訪れ、各宗の門を叩きながら最終的に本願念仏の教えに帰依したという。この僧は、本山でしばらく真宗の教えを学び、故郷で一寺を任されることになり、正式に西蓮寺となったという。

なお、このときに薬師如来の眉間の白毫から[放]たれた[光]によって本願念仏の教えに出遇えたことから[放光山]という山号を賜ったと伝えられている。

江戸時代の半ばに飢饉で寺族全員が亡くなり、しばらく無住の状態が続いたが、長明寺[1]の門下の渡辺氏が住職として当寺に入寺し、再興がなされた。(HP「浄土真宗本願寺派 福岡教区西嘉穂組-西蓮寺」より)()

参考:『筑前國続風土記拾遺』

ひとくちメモ

鐘楼の屋根部は重厚なデザインとなっている。 本堂脇のヒノキの大木もなかなかのものである。

伊藤氏メモ300年以上の歴史があるが、一時途絶していた時期もあるという。 現第16世。本堂は平成元年1989の落慶。道向かいの駐車場・墓地のカエデが美しい。()

筑前國続風土記拾遺』巻之27 穂波郡 上 庄司村の項

西蓮寺

本村にあり。真宗西本願寺の末なり。本尊の阿弥陀はこれも(本誓寺と同じく)恵心作と云。疑ハし。 明暦4年1658寺号木佛を許さる。

脚注

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