お寺めぐりの友

PC版

金比羅山(こんぴらさん) 明観寺(みょうかんじ) 真言宗御室派

歴史3 phrases

伊藤氏メモ明観寺の歴史は、大正14年1925高野山嘉穂支部が建立されたことに始まる。昭和5年1930熊本県の山鹿にあった明観寺の寺号を移し、玄洋社の社主である頭山満の祈願寺となった。

開山以来、針灸治療所の杏林堂(きょうりんどう)として知られており、このあたりでは明観寺の寺号よりも、杏林堂の方が通りがよい。庫裡と棟続きに診療室がある。

本堂の本尊は実に変わっており、高王白衣観音(こうおうびゃくえかんのん)という。岩座の上に蓮台を乗せ、その上に座している。頭から白い衣を着る、いわゆる白衣観音である。中国風の容姿をしている。高王とは魏の国の王という意である。脇侍として二人の童子を従えているが、これも変わっている。二人とも立像で、赤い腹巻を付けている。向かって右の童子は両手で蓮花を持ち、左の童子は合掌している。他にあまり例を見ない、不思議な三尊形式の本尊である。(『九州八十八所巡礼』より)()

ひとくちメモ3 phrases

明観寺は飯塚の町の丘の上に伽藍を構えている。 本堂前は石庭となっておりきれいに清掃されている。 山門から東側を眺めると、ぼた山の跡を見ることができる。

案内板にある、清龍寺の出土品はまだ拝見したことがないが、一度アポをとって拝見させて頂きに行こうと思う。

伊藤氏メモ熊本の山鹿から当地へ来て約100年。現第3世。明観寺鍼灸院杏林堂の右隣。 境内は小規模ながら立派な石庭となっており見応えがある。 本堂前の大日大聖不動明王などは、篠栗の大雨洪水で流されてしまった仏像等で、当地から引き取ったものという。 青龍寺遺跡発掘現場より出土されたという瓦は、本堂上がってすぐの右側にガラスケースに入れられ展示されていました。()

Top